胸に大きな穴が空いたようで、私は呆然と立ち尽くす。
人は時間を経て、大切な人の死を少しずつ受け入れていく。
しかし、純也が死んだ事実から逃げてきた私には、純也の死を受け入れることができなかった。
目頭がぎゅっと熱くなって、鼻の奥がツンとして、呼吸がどんどんと浅くなる。
「思い出させるようなことしてごめん」
そんな私に、八木さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「今日ここに奏ちゃんを呼んだのは、純也との約束なんだ」
「約束?」
「うん。それに純也と奏ちゃんとの約束でもある」
純也と私?
すると、野田さんが映写室へ上がり、館内の明かりを少しだけ落としふたたび映写機を回す。
スクリーンが照らされ、少しすると映像が始まった。
そこには白いベッドに座る病院着を着た純也の姿があった。
出会ったころよりもさらに痩せ、腕には点滴の管がついている。
「純也……」
純也は神妙な面持ちで、カメラに向かって語りかける
『えー、この映像を見ているころには、きっと俺はこの世にいないだろう。……ぷっ』
お決まりのセリフに純也は吹き出し、ケラケラと笑う。
「純也のこういうところ、本当にムカつくわぁ」
八木さんはスクリーンを見ながら、目を細めて笑った。
『冗談はさておき、奏。お前急に撮影来なくなりやがって。俺の撮影スケジュールが全部パーだよ』
『お前スケジュールとか立てたことないだろ』
カメラを撮影しているであろう当時の八木さんのツッコミに、純也は人差し指を口に当てた。
『静かに! まぁ、奏が来なくなった後すぐに俺が倒れちゃったから、結局撮影は中止になっただろうけど』
そういって純也は笑った。
『俺さ、奏と同じ17歳のころに病気が発覚したんだ。もう治らない。20歳を超えることはないって。
じゃあ生きてても意味ないじゃんって、大学受験もせずに高校卒業後はずっとボーっとしてた。
でもさ、なんか急に怖くなって。
このままなにもせずに、なにも残さないまま死んじゃって、誰にも思い出されないのって寂しいなって。
そんな時にさ、とある映画を思い出したの。
おれみたいにもうすぐ死ぬってわかったおじいさんが、死ぬまでにやりたいことを全部やるって話。
監督の名前は忘れたけど、映画の物語は覚えてる。映画を見た時の感動は覚えてる。
それってすごくね? って思って。それからすぐに八木と野田に連絡して、映画撮影を始めたんだ』
隣を見ると、八木さんは静かに頷いた。
『けど正直、そんなすごい映画ができるわけないとも思ってて。
二人には悪いけど最後の思い出作りというか、ごっこ遊びみたいな、そんな感覚だった。
完成させなくても、死ぬまで楽しく生きれたらいいなって。
そんな時、奏に出会った。
あの時の奏、まじゾンビみたいな顔してたよな。こいつ暗すぎ! って思ったもん。
だから映画撮影に誘った。まぁ完全にその場の勢い。
でも、誘って正解だった。
一緒に撮影するうちに、笑顔になっていく奏を見てて思ったんだ。
俺はこの映画を、奏のために絶対に完成させようって』
私の、ため?
『なのに奏が来なくなっちゃうんだもんなぁ~、なんて。
ごめんな。余命のことちゃんと言わなくて。俺が悪かった』
純也は申し訳なさそうに、頭を下げる。
『さて、そういうことでこの映画はまだ完成していない。だから、今から完成させようと思う』
すると突然、八木さんは座席の後ろから見覚えのある大きなカバンを取り出し、慣れた手つきで三脚を立て、カメラのセッティングをはじめた。
「八木さん?」
「これ高かったんだよ。もう大学の機材借りれないから買ったの。ほんと、あいつには死んでも迷惑かけられっぱなしだよ」
八木さんは言葉とは裏腹に、嬉しそうにレンズに目を当てる。
私が戸惑うことが分かっていたように、純也は説明を始める。
『物語の筋書きはこう。
余命少ない映画監督は遺作となる映画に出演する女優に恋をする。
しかし、彼女に本当の想いを伝える前に監督は息を引き取る。
数年後、大人になった女優は映画館で死んだはずの映画監督にスクリーン越しに再会する。
そこで語られる監督の本心に、女優は本心で言葉を返す。
俺が映画監督。女優は奏だ。
最後の本心にセリフはない。大人になった奏がなんて返事をするのか天国で聞いているから』
そういうと、純也は優しく微笑んだ。
『お前天国行けるの?』
『おまっ……! もうすぐ死ぬやつにそういうこと言う?!』
八木さんの容赦ないコメントに突っ込む純也。そこで映像は一時停止された。
映写室から野田さんが顔を出す。
「やっと、純也との最後の約束を果たせるよ」
「約束って? 映画を完成させること?」
「それともう一つ。奏ちゃんが20歳になったら、映画のチケットを贈ること」
「私が20歳になったら……」
私はポケットから映画のチケットを取り出す。
私が、20歳になったら。
「あっ」
その瞬間、夕日の輝きが脳裏によぎった。
人は時間を経て、大切な人の死を少しずつ受け入れていく。
しかし、純也が死んだ事実から逃げてきた私には、純也の死を受け入れることができなかった。
目頭がぎゅっと熱くなって、鼻の奥がツンとして、呼吸がどんどんと浅くなる。
「思い出させるようなことしてごめん」
そんな私に、八木さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「今日ここに奏ちゃんを呼んだのは、純也との約束なんだ」
「約束?」
「うん。それに純也と奏ちゃんとの約束でもある」
純也と私?
すると、野田さんが映写室へ上がり、館内の明かりを少しだけ落としふたたび映写機を回す。
スクリーンが照らされ、少しすると映像が始まった。
そこには白いベッドに座る病院着を着た純也の姿があった。
出会ったころよりもさらに痩せ、腕には点滴の管がついている。
「純也……」
純也は神妙な面持ちで、カメラに向かって語りかける
『えー、この映像を見ているころには、きっと俺はこの世にいないだろう。……ぷっ』
お決まりのセリフに純也は吹き出し、ケラケラと笑う。
「純也のこういうところ、本当にムカつくわぁ」
八木さんはスクリーンを見ながら、目を細めて笑った。
『冗談はさておき、奏。お前急に撮影来なくなりやがって。俺の撮影スケジュールが全部パーだよ』
『お前スケジュールとか立てたことないだろ』
カメラを撮影しているであろう当時の八木さんのツッコミに、純也は人差し指を口に当てた。
『静かに! まぁ、奏が来なくなった後すぐに俺が倒れちゃったから、結局撮影は中止になっただろうけど』
そういって純也は笑った。
『俺さ、奏と同じ17歳のころに病気が発覚したんだ。もう治らない。20歳を超えることはないって。
じゃあ生きてても意味ないじゃんって、大学受験もせずに高校卒業後はずっとボーっとしてた。
でもさ、なんか急に怖くなって。
このままなにもせずに、なにも残さないまま死んじゃって、誰にも思い出されないのって寂しいなって。
そんな時にさ、とある映画を思い出したの。
おれみたいにもうすぐ死ぬってわかったおじいさんが、死ぬまでにやりたいことを全部やるって話。
監督の名前は忘れたけど、映画の物語は覚えてる。映画を見た時の感動は覚えてる。
それってすごくね? って思って。それからすぐに八木と野田に連絡して、映画撮影を始めたんだ』
隣を見ると、八木さんは静かに頷いた。
『けど正直、そんなすごい映画ができるわけないとも思ってて。
二人には悪いけど最後の思い出作りというか、ごっこ遊びみたいな、そんな感覚だった。
完成させなくても、死ぬまで楽しく生きれたらいいなって。
そんな時、奏に出会った。
あの時の奏、まじゾンビみたいな顔してたよな。こいつ暗すぎ! って思ったもん。
だから映画撮影に誘った。まぁ完全にその場の勢い。
でも、誘って正解だった。
一緒に撮影するうちに、笑顔になっていく奏を見てて思ったんだ。
俺はこの映画を、奏のために絶対に完成させようって』
私の、ため?
『なのに奏が来なくなっちゃうんだもんなぁ~、なんて。
ごめんな。余命のことちゃんと言わなくて。俺が悪かった』
純也は申し訳なさそうに、頭を下げる。
『さて、そういうことでこの映画はまだ完成していない。だから、今から完成させようと思う』
すると突然、八木さんは座席の後ろから見覚えのある大きなカバンを取り出し、慣れた手つきで三脚を立て、カメラのセッティングをはじめた。
「八木さん?」
「これ高かったんだよ。もう大学の機材借りれないから買ったの。ほんと、あいつには死んでも迷惑かけられっぱなしだよ」
八木さんは言葉とは裏腹に、嬉しそうにレンズに目を当てる。
私が戸惑うことが分かっていたように、純也は説明を始める。
『物語の筋書きはこう。
余命少ない映画監督は遺作となる映画に出演する女優に恋をする。
しかし、彼女に本当の想いを伝える前に監督は息を引き取る。
数年後、大人になった女優は映画館で死んだはずの映画監督にスクリーン越しに再会する。
そこで語られる監督の本心に、女優は本心で言葉を返す。
俺が映画監督。女優は奏だ。
最後の本心にセリフはない。大人になった奏がなんて返事をするのか天国で聞いているから』
そういうと、純也は優しく微笑んだ。
『お前天国行けるの?』
『おまっ……! もうすぐ死ぬやつにそういうこと言う?!』
八木さんの容赦ないコメントに突っ込む純也。そこで映像は一時停止された。
映写室から野田さんが顔を出す。
「やっと、純也との最後の約束を果たせるよ」
「約束って? 映画を完成させること?」
「それともう一つ。奏ちゃんが20歳になったら、映画のチケットを贈ること」
「私が20歳になったら……」
私はポケットから映画のチケットを取り出す。
私が、20歳になったら。
「あっ」
その瞬間、夕日の輝きが脳裏によぎった。