「え、映画撮影?」
 海から出ると、頭にバンダナを巻いた大柄の男がタオルを差し出してくれた。
 私はタオルを受け取り、髪を拭いていると、大柄の男は純也が服を着たまま海に入っていた理由を説明して謝った。
「ごめんね、紛らわしいことして」
 紛らわしい。確かに私は、純也が入水自殺をしていると勘違いして、とっさに海に飛び入った。
 走り出す前に周りを見ていれば遠くで純也を撮影しているカメラに気づいたかもしれないのに。
 そう思うと、なんだが無性に恥ずかしくなった。電車で席をゆずろうと声をかけたが、断られた時のような気恥ずかしさだ。
「あ、いえ、私こそ……」
「わざわざ自殺なんかしねーって」
 そう言うと純也は犬のように首を振って髪の毛の水分を飛ばす。するとすぐ近くでカメラをさわっていた純也よりも線の細い男は純也の頭を思い切りはたく。
「水がつくだろ! ばか!」
「痛っ?!」
 そんな二人のやりとりを微妙な表情で見ている大柄の男の人は野田さん。いつもカメラをさわっている細い男の人は八木さん。
 二人は同じ大学の映画サークル仲間で、純也の自主映画撮影のスタッフらしい。
「あの、それで……、これは……?」
 3人の関係性の説明すると、純也は私の目の前で正座し、あとの二人は純也の両脇に立つ。
 なんだか重々しい雰囲気を醸し出す3人に、私も姿勢を正す。
 するといきなり純也は両手を前に出し、砂浜に八の字につける。
「お願いします! 俺の映画に出てください!」
「「お願いします!!」」
 純也は砂浜に頭をめり込ませ、後ろの二人も頭を下げた。
「えぇ、無理です」
「お願いします!」
「私演技とかできないし」
「演技しなくてもいいです! 自然体な感じでお願いします!」
「セリフも覚えられないし」
「全編アドリブで大丈夫です! お願いします!」
 だめだ。なにを言っても「お願いします」で跳ね返される。でも、本当に無理。
 できるできないって話じゃなくて、とにかくカメラに撮られるとか恥ずかしすぎる。
「ごめんなさい、私にはできません」
 私も頭を下げると、急に3人は静かになった。
 あれ、あきらめてくれたのかな。私は恐る恐る顔を上げると3人はカメラを中心に円陣を組んでいた。
「あ、あの……」
「八木、これさ……」
 すると、3人のひそひそ声が聞こえてくる。
「これって、普通のカメラじゃないよな?」
「これはフォルムカメラ。一度撮影した映像はフィルムに焼き付いているからもう消すことはできないんだ」
「じゃあ、今の俺が海に入るシーンは?」
「再撮影する必要がある」
「な、なんだって!!」
 そういうと、3人はちらっと私を見て、また話し出す。
「でも、今時フィルムって高いんだよな?」
「俺が使ってるフィルムは特にこだわっているから、通常よりもさらに高いなぁ」
「野田。俺たちの予算ってあとどれくらい残ってる?」
「もうほとんど残ってない。雀の涙だ」
「そうかー。だったらなおさら、さっきのシーンが使えればいいんだけどぉ」
「そうだなぁ。使えればいいんだけどぉ」
 そういうと、3人は再び私を見た。しかし今度はちらっ、ではなく、じーっとだ。
 3人の視線にしびれを切らし、私は砂浜をぐっと踏んで立ち上がる。
「わかった。わかりました! 映画に出ればいいんでしょ!」
 すると3人はよしっ! とガッツポーズをとり、ハイタッチをしあった。
 まんまと策にはまったのは面白くないが、こんなに喜んでもらえるなら受けてよかったかも、と思えた。
「けど、なにすればいいの?」
「うーん、そうだなぁ」
 純也は数秒だけ目をつむり、ぱっと目を開いた。
「俺の恋人役になってよ」
「恋人?!」
 やっぱり断りたいと思ったが、またしつこく粘られても嫌だと思い、私はゆっくりとうなずいた。
「そしたら今日はこんな格好だし、明日の朝十時にまたここにきてよ」
「ちょ、ちょっとまって」
 私はあわててポケットの中のメモ帳を取り出すが、海水でぐじゅぐじゅにふやけており、ペンはなくなっていた。
「私ちょっと、忘れっぽくて……」
 そういうと純也は野田さんの胸ポケットに刺さったネームペンを取り、私の手をつかむ。
「動くなよ」
 ペン先が手のひらをくすぐる。
「これで忘れないっしょ」
 得意げな純也。手のひらを見ると『明日 俺の彼女』とだけ書かれていた。
「意味わかんねーよ」と純也を叩く八木さん。
 そんな八木さんから逃げる純也。
 そんな2人を見ながら「ごめんね」と苦笑いを浮かべる野田さん。

 そんな3人を見ているうちに、なんだか可笑しくなってきて、私は笑いが止まらなくなった。