そうだ。このスクリーンに映された海は、私がよく訪れた町の海だ。

 私の記憶は完全に消えるわけじゃない。きっかけさえあれば思い出すこともできる。
 しかし、思い出せる記憶もまた完全じゃない。
 断片的な記憶たちは私の頭の中でつながりがなく、それぞれが独立している。
 例えば、お母さんと一緒に食べたシュークリームがおいしかった思い出があるとする。
 私は町中でシュークリームを見かけると、おいしかった記憶はよみがえるが誰と一緒に食べたかは思い出せない。
 逆にお母さんとおいしいなにかを食べた記憶を思い出しても、そのなにかがシュークリームであることは忘れている。
 またある時はお母さんと一緒に食べたシュークリームを食べた場面は思い出せても、味の記憶が思い出せなかったりもする。
 こんな風に、私の記憶はシャボン玉がぷかぷかと浮かんでいるように不規則で、制御ができずに、いつのまにかパッと消えている。
 
 ザッ……、ザッ……。

 砂浜を踏む足音で意識が戻る。
 スクリーンの中では一人の男が現れる。
 おそらく大学生くらい。色の白い、すらりとした体格の男は服を着たまま、静かに海の中へと歩いていく。
 波が足首にあたる。それでも男は進むことを止めない。
 海面がすねを超え、膝まで差し掛かると、カメラの左端から突然一人の女の子が走ってきた。
 バシャバシャ、と水しぶきを上げながら海へと入ると、女の子は男の歩みを止めるように手をつかむ。
 しかし、手をつかまれたことでバランスを崩した男は足元を波にさらわれ、しりもちをつき、腕をつかんだままの女の子もまた海面へと倒れこんだ。
 カメラは慌てた様子で担がれ、ひどく揺れながら二人の元へと走り寄る。
 だが海面に入れないカメラは海辺で止まり、レンズをズームして二人の安否を確認する。
「え」
 声が漏れてしまい、慌てて口を手で押さえたが、幸い客は私一人だと思い出し、改めてスクリーンをじっと見つめる。
 間違いない。スクリーンいっぱいに映る頭まで濡らした女の子は、昔の私だ。
 すると、カメラが横へ移動する。
 その男の顔を見た瞬間、消えていたシャボン玉がまたぷくーっと膨らみ、宙に浮かんだ。
 びちょびちょになっている私を見て、ケラケラと笑っている男の名前は。

「純也……?」