──高校時代、緒川ひかりのことが好きだった。

 緒川の存在を知ったのは、二年生になった一回目の席替えで隣になったのがきっかけだった。だが、その時だってろくに話をしていない。関わりだって忘れてきた教科書や辞書を貸してもらうか借りるか、それくらいしかできなかったと思う。

 それでも俺は、彼女から放たれる光が好きだった。温かくて、そばにいるだけで誰でも笑顔になるような、そんな光だった。

 きっと彼女のことが好きだった人は俺以外にも沢山いただろう。いや、多分彼女のことを嫌いな人はいなかったはずだ。少なくとも「教室」という名の小さな世界では。それくらい彼女は人気者だった。

 それが、どうしてこんな展開になったのだろうか。

 緒川の提案はすんなりと了承された。というか、森橋さんもそれを望んでいたようだった。

『原稿が完成するなら、多少のリスクを伴っても構いません。こうなったら、利用できるものはとことん利用しましょう』

 なんて、悪の組織の幹部みたいなことを言われた。無論、俺が緒川のことが好きだった話はしていないし、匂わせてもいない。あの人のことだから言ったら「そうですか」と涼しそうにしながらも、ニヤニヤとゲスい笑みを浮かべることだろう。ついでに、緒川の前で恥じる俺を見て面白がるのだ。だから絶対に取材の同伴もさせない。

 緒川と再会してから三日。普段震えないスマホが、今日は朝から震えていた。緒川からのメッセージだ。多分、今日の「取材」についてだろう。この短期間で、俺たちはすでに「取材」の約束までありつけていた。

 スマホの画面をタップし、IDを交換したメッセンジャーアプリからメッセージを確認する。そこには緒川から『おはよう! 今日はよろしくね!』という短文とスタンプが打たれていた。

 返信のついでに、彼女とのやり取りを確認する。 

今日の取材先は駅の近くにある喫茶店だ。緒川いわく、この喫茶店では美味しいスイーツが食べられて、巷の女子に人気を集めているとのことだ。ここに現地集合することになっている。

 買ってから一度も袖を通したことのない新品のシャツを着て、なるべく綺麗目なズボンを履く。こういう時、どんな服装をすればいいかわからないが、とりあえず自分の持っている服の中で一番まともそうなものを選んだ。

 荷物になるとわかりながらも、ノートパソコンとメモ帳を持っていくことにした。形だけでもきちんと「取材」にしたい……というよりかは、こんなデートみたいなことを「取材」にしないと、俺の心が耐えられないのだ。

 準備が整ったので、一人暮らしをしているワンルームのアパートを出る。緒川と待ち合わせの店までここからニ十分程。けれどもそのニ十分がえらく長く感じた。