駅の近くにある某有名コーヒーショップ。その店では秋季限定のフラペチーノが発売されたらしく、多くの若者で賑わっていた。右隣の席では女子大生が友達とキャッキャッ笑いながらクリームたっぷりカロリーたっぷりなフラペチーノの写真を撮っており、左隣では眼鏡をかけたカジュアルなお兄さんがコーヒー片手に自己啓発本を読んでいる。

 そんな人生順風満帆そうな人たちの間に挟まれた冴えない大学生の俺と、無精ひげを生やしたスーツ姿のおっさん。なんとも場違いな光景である。そんな空気に委縮しながら、俺はホットコーヒーを口に運んだ。

 おっさん、もとい、森橋さんはため息交じりで俺に言う。

「んで……これからどうするんすか、アテム先生」
「公共の場でその名前を呼ばないでくれません?」
「いや、このペンネームつけたのはあなたでしょう? 瀬戸(せと)アテム先生」

 そう言って森橋さんはカップに刺さったストローをくるくる回す。

 ちなみに彼が頼んだのは先程話したフラペチーノだ。焼き芋味らしく、カップにはもりもりと生クリームが盛られている。そんな甘そうなドリンクを、齢三十過ぎのくたびれた男性が飲んでいる姿はなかなかシュールである。

 年齢が十歳近く離れた男性二人という華々しさのかけらもない席だが、これでも作家と編集者という関係性だ。森橋さんは俺の担当編集者。かれこれ二年近い付き合いになる。

 俺は小説投稿サイトで書いていた小説が森橋さんのいる出版社の目にとまり、拾い上げされるという形でデビューした。この時は若干二十歳。何千もある投稿作品から自分が選ばれるとは考えていなかったので最初は「出版詐欺」だと思っていたのだが、森橋さんから「編集者 森橋克也(もりはしかつや)」という名刺ももらったし、印税もきちんと支払われているから詐欺ではなかった。ありがたいことに、こうして今も仕事をいただいている。

「瀬戸アテム」はその時に使っていたペンネームだ。エジプトの神様から取るというなんとも厨二臭い由来だが、中二から使っている名前を今更変えることも面倒でこのまま使っている。本当は風田俊次郎(かぜたしゅんじろう)というジジイみたいな名前だ。勿論森橋さんも俺の本名を知っているのだが、「恥ずかしそうにするのが面白い」という意地悪い理由から「先生」と呼ばれることが多い。まあ、流石に慣れたけれども。

「ところで、こんな人が多い場所で打ち合わせなんてしていいんですか? どこで誰が聞いているかわかんないでしょ?」
「大丈夫大丈夫。こんな野郎二人の話なんて誰も興味ないですよ。それに、今日も大して進まないだろうし」
「くっ」

 悔しいが、ご尤も過ぎて何も言い返せなかった。

 こう見えても、俺たちは次回作の打ち合わせをしている……のだが、それが非常に難航していた。話のアイディアがまったく浮かんでこないのだ。