街を見渡せる高台に向かいがてら、俺たちはウィンドウショッピングを楽しむ。
「あ、これ、洋ちゃんに似合いそう」
「あー、いいかもな。こっちのデザイン、お前好きだろ」
「うん、好き。さすがお見通しだね」
互いのことを知り尽くした10年来の間柄。相手に似合うデザインや、好みのアクセサリーを、俺たちは的確に認識する。
はたから見れば、きっと仲睦まじい、相性ピッタリのカップルだろう。
もうとっくに別れていて、片方にはすでに新しい恋人がいて、今日を限りに口を利かなくなる、そんな間柄には見えないだろう。
「あ」
椎菜が足を止め、ガラスの向こうを覗き込んだ。
「なに?」
「綺麗なナイフがいっぱいある」
その単語にギクリとなる。
「あのさ、椎菜……」
「ちょっと入ってみようよ」
そう言うと、椎菜は俺の返事も聞かず店の扉を開いた。
そこはアウトドアショップだった。
店の中央にはテントやイスやテーブルなど、ソロキャンらしい光景がディスプレイされている。
「どの色もきれいだね」
椎菜は外から見つけたナイフの前にかがみこみ、それに見入っていた。
「おい、椎菜」
「スウェーデンのナイフだって。おしゃれだね。しかもそんなに高くない!」
そう言って椎菜は店員を呼び、その中の一つを購入する意志を伝える。
草色の柄のしゃれたデザインのナイフを丁寧に包んでもらうと、彼女は嬉しそうに店を出た。
「はい、洋ちゃん。これあげる」
店を出て数歩歩いたところで、椎菜は俺に買ったばかりのナイフを差し出した。
「いらねぇよ」
「受け取ってよ」
「いらねぇって!」
「餞別。私からの最後のプレゼントだよ」
『最後の』と聞き、グッと言葉に詰まる。
(何考えてんだ、こいつ……)
そう思いながら、俺はしぶしぶ彼女からキャンプ用ナイフを受け取った。
(冗談とはいえ、俺はお前を解体して後を追うと言った人間だぞ?)
椎菜が忘れているはずもない。今日の待ち合わせ場所で、わざわざ俺がナイフを持っているかどうか、確認していたくらいなのだから。
(自分を解体するかもしれない人間に、ナイフを渡すって、どういう神経してんだよ)
「あ、クレープ!」
椎菜は目を輝かせ、パステルカラーの店を指差す。
「洋ちゃん、クレープ食べたい。行こう! 私、今日は超ゴージャスなの食べる!」
はしゃぎながら先を行く彼女の背中を見つつ、俺はもらったナイフをポケットに押し込んだ。
最終目的地の高台のベンチに並んで話しているうち、約束の18時となった。
「辺りに、誰もいないね」
「そうだな」
「……戻らなきゃ」
まだ明るい空を見上げながら、椎菜が切なげに目を細める。
「門限、あるから」
「そっか」
寂しげな横顔を見せた後、椎菜はくるりとこちらを向く。
「じゃあね、洋ちゃん。もう二度と呼び出さないでね」
「……あぁ」
爪が食い込むほど、俺はきつく拳を握りしめ頷いた。
「私、もう行くよ」
「うん」
「ナイフ、大事に使ってね」
「……彼氏と仲良くしろよ」
「ん……」
俺は去り行く椎菜に背を向ける。
遠ざかる足音へ、俺は耳を傾け続けた。
(椎菜……)
泣きそうになるのを、顔を上げて歯を食いしばり堪える。
椎菜は俺じゃない誰かを選んだんだ、幸せになるために。
大切な女の子の幸せを願ってこそ、男だろう?
だがその時、背後から駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「あ、これ、洋ちゃんに似合いそう」
「あー、いいかもな。こっちのデザイン、お前好きだろ」
「うん、好き。さすがお見通しだね」
互いのことを知り尽くした10年来の間柄。相手に似合うデザインや、好みのアクセサリーを、俺たちは的確に認識する。
はたから見れば、きっと仲睦まじい、相性ピッタリのカップルだろう。
もうとっくに別れていて、片方にはすでに新しい恋人がいて、今日を限りに口を利かなくなる、そんな間柄には見えないだろう。
「あ」
椎菜が足を止め、ガラスの向こうを覗き込んだ。
「なに?」
「綺麗なナイフがいっぱいある」
その単語にギクリとなる。
「あのさ、椎菜……」
「ちょっと入ってみようよ」
そう言うと、椎菜は俺の返事も聞かず店の扉を開いた。
そこはアウトドアショップだった。
店の中央にはテントやイスやテーブルなど、ソロキャンらしい光景がディスプレイされている。
「どの色もきれいだね」
椎菜は外から見つけたナイフの前にかがみこみ、それに見入っていた。
「おい、椎菜」
「スウェーデンのナイフだって。おしゃれだね。しかもそんなに高くない!」
そう言って椎菜は店員を呼び、その中の一つを購入する意志を伝える。
草色の柄のしゃれたデザインのナイフを丁寧に包んでもらうと、彼女は嬉しそうに店を出た。
「はい、洋ちゃん。これあげる」
店を出て数歩歩いたところで、椎菜は俺に買ったばかりのナイフを差し出した。
「いらねぇよ」
「受け取ってよ」
「いらねぇって!」
「餞別。私からの最後のプレゼントだよ」
『最後の』と聞き、グッと言葉に詰まる。
(何考えてんだ、こいつ……)
そう思いながら、俺はしぶしぶ彼女からキャンプ用ナイフを受け取った。
(冗談とはいえ、俺はお前を解体して後を追うと言った人間だぞ?)
椎菜が忘れているはずもない。今日の待ち合わせ場所で、わざわざ俺がナイフを持っているかどうか、確認していたくらいなのだから。
(自分を解体するかもしれない人間に、ナイフを渡すって、どういう神経してんだよ)
「あ、クレープ!」
椎菜は目を輝かせ、パステルカラーの店を指差す。
「洋ちゃん、クレープ食べたい。行こう! 私、今日は超ゴージャスなの食べる!」
はしゃぎながら先を行く彼女の背中を見つつ、俺はもらったナイフをポケットに押し込んだ。
最終目的地の高台のベンチに並んで話しているうち、約束の18時となった。
「辺りに、誰もいないね」
「そうだな」
「……戻らなきゃ」
まだ明るい空を見上げながら、椎菜が切なげに目を細める。
「門限、あるから」
「そっか」
寂しげな横顔を見せた後、椎菜はくるりとこちらを向く。
「じゃあね、洋ちゃん。もう二度と呼び出さないでね」
「……あぁ」
爪が食い込むほど、俺はきつく拳を握りしめ頷いた。
「私、もう行くよ」
「うん」
「ナイフ、大事に使ってね」
「……彼氏と仲良くしろよ」
「ん……」
俺は去り行く椎菜に背を向ける。
遠ざかる足音へ、俺は耳を傾け続けた。
(椎菜……)
泣きそうになるのを、顔を上げて歯を食いしばり堪える。
椎菜は俺じゃない誰かを選んだんだ、幸せになるために。
大切な女の子の幸せを願ってこそ、男だろう?
だがその時、背後から駆け寄ってくる足音が聞こえた。