「洋ちゃん」
 指定された待ち合わせ場所に着いた俺は、久しぶりに見た椎菜の姿にぎょっとなった。
「……痩せたな、椎菜(シーナ)
 ワンピースの襟首から覗く鎖骨は痛々しいほど浮き上がっている。
 薄手のカーディガンから突き出した腕は、骨ばっていた。
 そのくせ顔は、少し丸くなっているように見えた。
「大丈夫なのか、体。なんか、やつれたって言うか」
「あぁ、これ」
 椎菜がクスクスと笑う。
「彼氏が、痩せてる子好きなんだよね」
「……そっか」
『彼氏』の言葉に、頭の奥が冷える。
「もう、付き合ってるんだ」
「うん」
「早いな。一学期の最後に俺と別れたばかりなのに」
「……」
「今日、良かったのか?」
「えっ?」
「彼氏がいるんだろ。俺とデートなんてしてよかったのか?」
「あぁ、うん……」
 椎菜が気まずげ目を逸らす。その表情に、俺は少し焦った。
「いや、いいんだ。今日、来てくれただけでも……」
 聞きたいことは色々ある。問い詰めたいことも山ほどある。
 だが今日、俺に許された8時間を、ここで潰してしてしまいたくなかった。

「ねぇ、洋ちゃん」
 椎菜がひらりとワンピースの裾を揺らす。
「ナイフ、持ってきてる?」
「え……」
「私を解体して、ほっぺ食べて、後を追うんでしょ?」
 悪戯っぽく笑う椎菜から、俺は目を逸らす。
「……持ってないよ」
「そうなんだ。てっきり私を殺すつもりで用意してきたかと思った」
 面白がるような椎菜の声に。俺は微かに苛立ちと悲しみを覚えた。
(何だよ、その言い草)

「で、洋ちゃん、どこ連れて行ってくれるの?」
 椎菜がぱたぱたと手で顔を仰ぎながら言う。
「ここ暑い。涼しいところ入りたいよ」
「そうだな。映画館なんてどうだ?」
「いいね! 私、見たいのがあるんだ!」
 そう言って、椎菜は先に立って歩きだす。
「ほら、行こう」
「あ、あぁ……」
 あっけらかんとした椎菜の後姿に、俺はただ戸惑うばかりだった。

「面白かったね」
 椎菜が選んだのはサスペンス映画だった。
「主役が見つかりそうになって、相手の死角に入りながら見事に逃げ出すシーン、やばかったぁ」
「あぁ、あれは確かに見てるこっちまで緊張したな!」
 俺たちの間にあったぎこちない空気は、映画を見終えた後はほぼ消えていた。かつての告白前の二人のように、俺たちはバーガーショップでポテトをつまむ。
 やがて遅れて出来上がったハンバーガーが二人の前に届いた。
「おいひぃ!」
 椎菜は嬉しそうに照り焼きバーガーにかぶりついた。口の端から零れそうになったマヨネーズを、指先ですくうと素早く口の中へと押し込む。
「幸せそうに食うよな」
 頬をハムスターのように膨らませた椎菜に俺は笑う。
「だって、これ食べるの久しぶりなんだもん」
「ファーストフードだぞ?」
「最近、ジャンクに飢えてたの」
「へぇ……」
 今の彼氏は、おしゃれなカフェにばかり行くやつなんだろうか。
 脳裏をかすめた想像を、俺は慌てて振り払った。

「こういうの食べたくなったら、俺ならいつでも付き合うぞ」
 俺の言葉に、椎菜は困ったように微笑む。
「……今日で、最後って言ったよ?」
「そうだったな……」
 今日のデートが成功すれば、もしかして、あわよくば、そんな希望を抱いていたけれど。
(本当にもう、取り戻せないんだな……)
 ざらりとした胸の痛みを潤すように、俺は一気にコーラを流し込んだ。