俺――和倉(かずくら)洋一(よういち)が、幼馴染の相田(あいだ)椎菜(しいな)に告白したのは、一緒に受けた高校の合格発表の日だった。

「あはっ。また三年間同じ学校だね、洋ちゃん。マジ腐れ縁、勘弁して」
 合格者の受験番号の並ぶ掲示板を背に、憎まれ口を叩きつつ嬉しそうに笑う椎菜へ、俺はずいっと距離を詰める。
 そして一つ深呼吸をすると、長年心の内に秘めていた言葉を思い切って口にした。
椎菜(シーナ)、好きだ」
「え?」
 椎菜は笑顔のまま固まる。そして一呼吸の後、慌てて周りを見回した。
「ど、どうしたのよ洋ちゃん。合格発表でテンションおかしくなった?」
「いや、前から決めてたんだ。二人揃って合格出来たら、椎菜に告白しようって」
「ちょ、ちょっとこっち!」

 椎菜は焦った様子で俺の手を掴み、少し離れた物陰に移動する。
「何考えてんのよ、あんな場所で」
「顔、赤」
「当たり前でしょ、もうっ!」
 椎菜は両手で赤く染まった頬を抑え込む。よく見れば耳まで赤い。
「人がいっぱいいるところで、あんなこと言いだすなんて」
「みんな、自分のことに夢中で聞いてないよ」
「そうかもだけど!」
 軽く下唇を噛み、椎菜は上目遣いで俺を睨む。
「さっきの、告白、だよね?」
「うん」
「だったら、もっとちゃんとした感じで言ってよ」
「断られたら、さらっと流してもらおうと思って」
「断らないから、きちんと言って!」
 椎菜の言葉に息を飲む。心臓がより激しく鼓動を打ちはじめる。
「だから……」
 先程は合格発表を見た勢いで言えたが、一旦落ち着くと言葉は喉に貼りつく。
「俺は、椎菜のことが、好き……だ」
「それで?」
「それで、ってなんだよ」
「洋ちゃんは、私とどうしたいの?」
「どうって……」
 互いに湯気が出そうな顔で見つめ合う。
「彼氏と彼女?ってやつ?になりたい感じ?」
「ぷはっ! どうして疑問形なのよ」
 そっぽ向いて笑い出す椎菜に、俺は少しだけムッとなる。
「おい、俺はちゃんと言っただろ! 返事は?」
「……いいよ」
 蚊の鳴くような声で椎菜はあっさりと答えた。顔をそむけている方向へ回り込むと、目に涙を浮かべた椎菜の顔があった。
「え? なんで泣いて……」
「うるさいっ」
 椎菜はごしごしと手の甲で目元をぬぐう。
「遅いよ! 私は小学生の頃から、洋ちゃんのこと好きだったんだよ?」
「へ? 俺だってそうだよ」
「じゃあ、もっと早く言ってよ」
「そっちから告白すればよかっただろ」
「だって怖いじゃない。ふられたら、気まずくて側にいられなくなるし」
「俺だって同じだよ……」
 互いになんとなく黙り込み見つめ合う。

 その時、昇降口の近くから教師の声が飛んで来た。
「合格者は書類を受け取ってから帰るように! もういないか?」
「やばっ!」
 椎菜がはじかれたように走り出す。俺の手を掴んで。
「書類、もらいに行こ!」
「そうだな。せっかく一緒に受かったのが取り消しになる」
「怖いこと言うな」

 受付で受験票を提示し、名簿にチェックを入れて入学に関する書類を受け取る。
 ほっと二人で息をつき、そして互いに笑いあった。
「これで4月から、二人一緒にここの学生だね」
「だな」
「可愛い女の子見つけても、浮気しちゃだめだよ」
「そっちこそ」
 俺は椎菜の柔らかい頬を軽くつねる。
「お前が浮気したら、解体してここを食ってやる」
「こっわ」
「その後、俺も後を追って死ぬ」
「考えがやばいって」
 俺たちは互いに笑い合い体をぶつけながら。春から通う高校の門を出た。


「洋ちゃん、別れよう」
 椎菜の口からその言葉が出たのは、一学期の終業式の日だった。