「ありがとうございます、父様」

『元気で。それから、心護様と仲良く』

「はい」

琴理が涙ぐんでいると、隣から手を振られた。

失念してしまっていたが、心護がいるのだった。

「父様、心護様に代わります」

『え? あ、ああ』

突然のことにさすがの父も戸惑ったようで、二度ほど咳ばらいをしていた。

「もしもし、花園様。心護です」

『心護様、この度は娘がご迷惑をおかけして申し訳ありません』

(本当に申し訳ありません……)

父の謝罪に同意するしかない琴理だったので、心の中で言葉にして、実際には頭を下げた。

「いえ。こちらこそ、危急の事態とはいえ未成年のお嬢様を勝手に連れてきてしまい申し訳ありませんでした」

『詳しくは聞いていませんが、琴理の方に理由があったようですから、心護様、琴理のことも、叱るときは叱ってください。琴理は未熟です。甘やかすだけが愛情ではないと、私は思いますので』

「……はい」

心護の顔にはそんなことしたくないと書いてあったが、琴理は父に同意する。

琴理は、自分がまだ子どもであることを自覚している。

嫁ぐための教育を受けてくる中で、琴理には描く自分の未来の姿が出来ていた。

大体は、先生たちが『こうあるべきです』と言ったものを集めて作られた形だが、今はまだ、その『大人の琴理の姿』には程遠い。

間違ったことをしたら間違いのままにしておくのではなく、訂正して、真っ当な道へ戻さなければと考える。

退鬼師の宗家、宮旭日の花嫁となることは、退鬼師一派の者たちの手本とならなければいけないということだ。

本音では怒られるのは嫌だ。出来るだけ平穏に、叱られずに生きていたい。

大きな声を聞くだけで心臓はドクドクしてくるし、緊張してしまう。

でも、琴理にはそれを理由に叱られない生き方をすることは出来ない。

一を聞いて十を知るタイプの愛理と、人の三倍時間をかけないといけないくらい物覚えの悪い自分では、愛理の方が宗家の花嫁に相応しいと言われても反論など出来なかった。琴理もそう思うからだ。

だが許嫁とされたのは琴理だった。

嫌だと思ったこともあった。しかしその考えは、昨夜変わった。

この婚約は、心護が望んでくれていたのだ。

自分が、誰かのためになることができるかもしれない――そう思うと、嬉しくなった。

今までしてきたことには意味があったんだと思えた。

花園から嫁ぐ者として、この人の力になりたいと。