「琴理様、おはようございます」

「おはようございます」

琴理が部屋を出ると、昨日部屋まで送ってくれた若い女性がやってきた。

顔をあげた女性は、爽やかな笑顔を見せる。

「今日は土曜日なので、学校はお休みでしょうか?」

「ええ。特に部活もやっていないので」

「ですが琴理様は大変歌がお上手だと聞いております。声楽部などにも入っていないのですか?」

「な、なぜそんな……」

ことは、誰にも言ったことはないはずなのに。

いや、今まで心護や心護の一族の人と逢うこともあったから、花園の誰かが話したのかもしれない。

だが琴理はひとりでこっそり歌うことが好きなだけで、上手いわけではない。

聞いた誰かが、許嫁の体面のために話を盛ったのだろう。

「心護様の琴理様への愛です。宮旭日に使える人間は、琴理様がいかに素晴らしいお方か十分に存じております」

何故か琴理のことを琴理に自慢するように胸を張って言われた。

それ関係のことを誤解しまくっていたとつい夕べ――いや、夜中に知った琴理は、ちょっと顔が引きつってしまう。

(愛って言われても……すぐには整理が追い付かないと言うか、理解が追い付きません……)

愛想笑いになってしまったが許してほしい。

女性に先導されて、廊下を歩く。

「お名前を訊いてもいいですか?」

「あ、失礼しました。申し遅れました。私は鳴上涙子(なるかみ るいこ)と申します。二十二歳になります」

「涙子さん……」

「呼びすてで大丈夫ですよ」

涙子は、そう言ってほほ笑んだ。

「私と同じ年頃の執事見習いは、従兄の鳴上主彦(なるかみ かずひこ)といい、ひとつ上の二十三になります」

「男性は、公一さんを含めて三人ですよね?」

「はい。心護様の離れにおりますのは、公一さま、詩さまをはじめ、執事として鳴上東二(なるかみ とうじ)、従兄の主彦、そして私です。私の父は母屋で執事長を務めています。鳴上東二は私の叔父にあたります」