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「そんな、バカな!?ありえないありえないありえない!!」
誘に十手を突き付けて無力化したタイミングで白狐に変化が起こる。
体が光となって消えていき、中心に新城とぐったりした蒼がいた。
「なんで、どうやって!?まさか、許したというのか!?目を奪った相手を、醜い執着をぶつけていた相手を!?」
「醜い執着は貴方も一緒だ」
僕の言葉に誘はギロリと睨む。
ぶわりと九つの尾が逆立つも手足を折られている彼女は動けなかった。
ただ睨むだけしかない相手なんか脅威に感じない。
「この、お前、どうして」
「ほう、そっちも終わったのか」
声の方へ視線を向けると新城がこちらへやってくる。
「新城も終わったみたいだね」
「四肢へし折るとか、えげつないな。お前」
「まぁ、気に入らなかったから」
「そこは同意だな」
僕の言葉に新城は肯定する。
「なんで、なんで、そんな奴らを選ぶ!?ボクは、本気で」
「本気で自身の体内に取り込んで永遠の愛を歌うなど、自己満足でしかありませんよ」
第三者の声。
僕達が視線を向けると茂みの中からゆっくりと妙齢の女性が現れる。
いや、朱色の着物の後ろから伸びる八つの尾。
妖狐だ。
「嘘だ。どうやって、あの場所が、厳重な封印を施してあったのに」
誘が信じられないものをみるような目を向ける。
「四葉!!」
朱色の着物を纏い、月夜で茶色に輝く長い髪を揺らしながら紫色の瞳は真っすぐに誘や僕達をみていた。
「すべてはトウマのおかげです」
四葉の言葉に誘は新城をみる。
蒼や緋に捕まるところから新城の計画ははじまっていた。
全てはけじめをつける為。
妖狐の里に捕まることは新城にとって計画の始まり。
そこから他の種族を巻き込み、封印されている四葉を見つけ解放する。
計画と言っても所々、計算外の出来事はあった。
紅丸との戦い。
赤鬼の参戦。
妖狐の里へ侵入する際、守護者と戦った事。
様々な問題を抱えながらもなんとか僕達はここまで来られた。
「優秀な下僕がいたもので」
新城の目は四葉の後ろ、おっかなびっくりの様子でついてくる尾が一つの妖狐達、ズタズタの着物姿の緋、千佐那や赤鬼、青鬼のトップ達。
「誘ぁ、よくも母様にあんなことを許さないわ」
口の端から犬歯を覗かせながら威嚇する緋。
そして瀬戸さんの姿があった。
「凍真!雲川!無事でよかったぁ!」
「遅かったな」
「開口一番それって!凍真らしぃ~。元気そうでよかったぁ」
「泣くか笑うかどっちかにしろよ。忙しいな」
僕達の所へやってきた瀬戸さんは両手を伸ばして僕達に抱き着いた。
身長差で彼女の胸に新城の顔が当たっている。
本人が文句を言っているが「もごもご」と聞き取れない。
「瀬戸さん、新城が話の続きをしたいみたいだから解放してあげたら?」
「あ、ごめん」
「げほげほ」
せき込む新城。
そんな彼に向けられる六つの視線。
「あらあら」
「トウマ、様ぁ?」
「……ぐす」
驚いた様子の四葉。
冷たい視線を向ける緋。
涙ぐむ蒼。
「話の途中だっていうのにグダグダじゃねぇか」
「アタシのせいだっていうの!?」
咎める視線を向ける新城へ叫ぶ瀬戸さん。
ほんの少しの間の筈なのに久しぶりに思えるやり取り。
「ふ、ふざけているのか?」
水を差すように誘が叫ぶ。
「否定はしないな。どうせ、この騒動も終わりだ」
「終わり?ふざけないでよ」
殺意に染まった目を向ける誘に対して新城はいつもの態度で対峙する。
「数が多ければいいというわけじゃない。ボクは最強と言われる九尾の力を」
「あの時は不意打ちを受けましたが」
新城と誘の間に四葉が割り込む。
「たかだか数十年程度で九尾の力を会得したからといって調子に乗らない事です」
ニコニコと微笑んでいる四葉。
だが、その目は笑っていない。
「生意気な。叩き潰してやるよ。老婆」
「天狗の鼻をへし折ってあげましょう。小娘」
「結論から申し上げます。トウマの目は元通りになりません」
妖狐の里、その一室。
外で宴会が行われている中で僕と新城、そして目覚めた四葉の三人で話をしていた。
「戻らないんですか?」
僕の言葉に四葉は小さく頷いた。
「まぁ、予想はしていたけどな」
眼帯で隠している目をとんとんと叩く。
千切れた眼帯と別のもの。
「目を抉られて長い年月、この中に呪いを封じ込めていたんだ……本来ならすぐに解呪しなければいけないものを……変質するさ」
呪いの変質。
僕に仕込まれていた呪いも長い期間を経た事で変質をしていた。
治る事はなく、解呪することも出来ない。
それと似たようなもの。
「ですが、その呪いを解呪する方法があります。それは――」
「却下」
「え?でも、解呪できるのに?」
驚いて隣の新城をみる。
解呪できる方法があるのならそれを使えばいいのに。
何故、新城は否定するのか。
「ふざけたことを言っているんなら顔を洗ってきた方がいいな。この目の解呪の方法をわかっていて言っているのなら……何を考えている?」
「…………うふふふ」
口元を手元で隠しながら四葉は微笑む。
「やはり、成長しても優しいところは変わらずのようですね。母は安心しました」
「試したんですか?」
僕の問いかけに四葉は頷いた。
「ごめんなさいね。人間と妖狐の寿命は違う。私達にとっては一瞬の時間でも、貴方達にとっては長い時間の間にどのような変化が起こっているのかわからなかったから」
「……あ、そ」
「でも、さっきの提案は本気です。トウマ」
柔和な態度から一転して四葉は真剣な態度で新城をみる。
「貴方の目を治す方法は一つ、我が娘、緋と蒼の二人と体を重ねる事」
一瞬、頭が理解を拒んだ。
真顔で彼女はなんといった?
体を重ねる?
新城が緋と蒼と?
重ねるというのは、僕の予想している通りの意味なら。
「却下だ!どこに自分の娘の体を差し出す親がいる!?」
「ここにおります」
叫ぶ新城に対して、どこまでも四葉は冷静な態度をとる。
「本音を言えば、私もこの手段をとることは望んでおりません。ですが、貴方と緋、そして蒼。形はどうあれ繋がりができております。貴方を蝕む呪いが暴走し逆流すればそれは二人を蝕むことになる。変質した呪の危険性は貴方も理解している筈です」
「とはいえ、本人達の許可なくそんな話を――」
「当然、お受けいたしますわ!」
バン!と引き戸が開いたと思うとずかずかと話の二人がやってくる。
「トウマ様の呪を打ち消す為に必要とはいえ、そもそもの話、私と蒼はトウマ様を愛しておりますもの!私個人としては一人だけでトウマ様を愛することは最高ですが、最愛の妹、蒼も一緒なら尚の事」
「えい」
目をギラギラさせながら新城へ近づこうとする緋の頭に振り下ろされる四葉の拳。
岩一つ粉々にした拳を受けて床に崩れ落ちる緋。
ぴくぴくと体が痙攣しているから生きているだろう。
「姉様……」
ちらちらと新城を横目でみながら姉の心配をする蒼。
「全く盗み聞きとは困った二人です。後でお説教ですね。さて、緋はともかく蒼」
呼ばれた彼女はビクンと体を震わせる。
「は、はい」
「貴方の気持ちはどうなのです?」
「いや、私は」
俯き新城の方へ何度も視線を向ける。
向けられている視線に気づきながらも新城は四葉へ問いかけた。
「この場で聞いてどうするつもりだ?」
「気持ちの吐きだしは必要です。溜め込み続けていては誘のような奴に利用されてしまいます」
「母上、私は」
「気持ちを伝えることは悪い事ではないのですよ?貴方は拒絶されることが怖いのでしょう?それは皆、同じです。ですが、怖がって踏み出さないよりも一歩、一歩だけでも踏み出した方が踏み出さなかった時よりも成長できるのです」
優しく蒼の頭を撫でながら伝える四葉の姿は子の身を案じる母親だ。
「わ、私はトウマの事が、トウマが好きです!」
「よく言えました」
「で、ですが、同時に怖いのです。この気持ちを伝えて拒絶されたら……私はひと時の感情に身を任せて目を抉ってしまった。奪われる、取られるという恐怖から……母上、そんな私が彼に、彼に愛される資格等」
「あーもう!!」
がしがしと髪をかきむしりながら新城が蒼へ視線を向ける。
「お前は昔からぐだぐだと悩みすぎ。勝手に一人で悩んでうじうじと勝手に結論を出すな!」
「……うぅ」
苛立ちをぶつけながら新城は蒼とこの時、はじめて目を合わせる。
「お前の事は嫌いじゃない」
「え……」
「でも好きでもない」
「ど、どっちなのだ。それは!」
「悪いけど、僕も同意見」
優柔不断な発言だよ。
「お前には言われたくない」
僕の視線に気づいたのか、新城は顔を顰める。
「どういう意味?」
「あぁ、もういい口を挟むな。これは俺の問題だ」
はぁ、とため息を吐かれる。
今のどういう意味だろう。
「蒼。俺は人間だ。長生きできないし、お前と生涯を全うなんていうのもできない。それでもお前は俺の事を好きっていうのか?」
「……先の事は私もわからない。だが、この気持ち、お前を好きだという気持ちを忘れることは絶対にないと思う。それだけははっきり言える」
「まずは友達からだ」
新城の言葉に蒼は目を瞬く。
「ここは愛の告白じゃないのか?」
「お前達から逃げ続けて何年だと思う?そんな長い期間から急に恋人関係だといわれても気持ちが受け付けません。まずは友達から長い交友関係を戻して行こう」
「あらあら、不甲斐ない発言ですわね。まぁ、及第点としましょう。二人の手助けを母がします。頑張りましょうね」
「は、はい。あの姉様は……」
「もう行動に移しておりますわよ」
「え?」
僕と蒼は新城の方をみる。
「トウマ様ぁ、私は本気で貴方を狙いますわぁ。そして、ゆくゆくは」
目をとろんとさせながら新城を抱きしめている。
暴れても無駄なのか、それとも思考を放棄しているのか動こうとしない。
「あれ?姉様、もしや、トウマ、息をしていないのでは?」
蒼の言葉に僕は新城を見る。
緋の胸の中にいてしっかりと抱きしめられている。
標準男子高校生よりも身長が低い新城は彼女の胸の中。
いや、こんな漫画みたいな。
「いや、本当だ!?」
「それ以上は!」
慌てだす僕達をみて四葉はくすくすと笑っていた。
◆
「全く」
騒がしい部屋から抜け出した凍真は懐へ手を伸ばす。
取り出したのは話し合いの場で外していた眼帯。
慣れた手つきで片目を眼帯で覆い隠す。
逃げ隠れする必要がない状況で眼帯を付ける必要はなくなったのだが、無暗やたらに弱点を晒している程、凍真も愚かではない。
「話しは終わりだろ?」
足音に気付いて振り返る。
後を追いかけてきた四葉が静かに立っていた。
「貴方の体の呪いの件はひとまず保留としましょう。もう一つ、守りての話です」
「雲川の話?あれは優秀だ。手駒として最高の」
「惚けてはいけませんよ。あの子の体の呪いともう一つの事です」
指摘に凍真は顔を顰める。
「呪いの件は方法を探している。もう一つは保留だ」
凍真の選んだ守りて。
雲川丈二の体は呪いにむしばまれている。
幼馴染が施した長期の呪い、それは長い期間を得て力をつけ在り方が変質した。
呪いを解呪する方法を凍真は模索している。
だが、その過程で彼はもう一つ、非常に厄介な力が潜んでいることに気付いた。
「わかっているのなら強くは言いません。ですが、祈りの力を侮ってはいけませんよ。最初は純粋なものでしょう。ですが、人はいつか堕落する。祈りもいずれは変化するでしょう……いずれ、あの子は向き合わなければなりません」
「わかっている」
「ならば、それ以上は言いません」
頷いた四葉は手を差し出す。
「久方ぶりに母と話をしましょう。貴方が長い間、どのような戦いをして、どのような出会いをしたのか、そのすべてを話してください」
「はいはい」
四葉に言われて凍真は呆れつつ、笑顔になる。
「はいはい、母上様」
そういって四葉の隣へ腰かける凍真。
久方ぶりの親子の会話。
それに水を差す者達はいなかった。