上から迫る手に凍真は拳を握りしめた。

「鬱陶しい!」

放った拳が周囲の呪のすべてを消し去る。

「いつまで下向いているんだ?」
「来ないで……嫌だ」
「めそめそと全く面倒だな。おい」

凍真は俯いている彼女の前で膝をついて顎を掴んで顔を持ち上げる。

「ぐす、うぅ」

綺麗な顔を涙でぐしゃぐしゃにしている蒼。

「帰るぞ」

凍真は見下ろしながら彼女へ声をかける。

「ダメだ……私は許されない事をした。お前を……お前を傷つけた」
「この傷の事か?」

凍真は片目の傷を指す。
眼帯がなく、今は光を失った瞳。
その瞳に泣いている蒼の顔が映される。

「そうだ。お前が逃げると、この里から逃げると……いや、違う。私から逃げると聞いて」
「なんで俺がお前から逃げると思ったんだ?別にお前と大した接点なんか」
「お前からしたらそうかもしれんな。有象無象と変わらん、だが、違う。あぁ、違うんだ」

嗚咽を零しながら蒼は言う。

「ぐだぐだとうるさいな。とっととここから帰るぞ」

蒼の手を掴む凍真。

「なんで、お前は私を恨んでいないのか?お前の目を、ここに引きずり込んだ張本人を」
「――約束」

戸惑う蒼に凍真は一言。

「昔交わした大事な約束。それを守るためにここへ来た……あとはまぁ」

何かを思い出すようにしていた凍真がぷぃっと視線を逸らす。

「“友達”を助けたい。ただ、それだけだよ。俺がここへきたのは」
「友達……私が?」
「お前がどう思っていようと、あの頃の俺にとって緋と蒼は友達だった。だから助けたい。理由の一つだよ……これ以上、言わせんな。恥ずかしい」

羞恥に頬を染めながら蒼の手を掴んで立たせる。

「相棒を外で待たせているし、この因縁に決着をつける」

蒼の周りが明るくなっていく。
周囲に漂っていた呪が消える。

「なぁ、トウマ」
「あ?」
「……目の事、悪かった。いや――」

彼女の告げた言葉に凍真は目を丸くしながらも「しゃーないな」と伝える。
視界が白に染まる。