――アイツはお前から逃げようとしているぞ。

「黙れ」

――アイツはお前の事なんか見ていない。
――お前を恐ろしい獣とみている。

「黙れ」

――当然だな。
――お前は“あんな事”をしたんだ。

「黙れといっているんだ!うるさい!そんなことは一番」





「あの時の夢か」

蒼は目を覚ます。
周りを見る。
自分の執務をしている場所。
差し込んでくる日差しが気持ちよくていつの間にかうたた寝をしていたらしい。

「姉様は……一緒にいるのだろうな」

作業をしていた手を止めて片目を掌で隠す。
片目が暗くならず、景色が広がる。
大きな岩と広がる池。
屋敷の中庭だと蒼はすぐに気付く。
中庭で“彼”が寛いでいる。
彼の傍で妖艶に微笑む姉がいた。

「姉様、執務を終わらせてくれているのだろうか」

戦う事しか能がない自分と比べて優秀な姉の事だ、やるべきことは終わらせている筈。
目の前の書類へ手を伸ばす。
その際、机の端に置かれている写真立てが床に落ちそうになった。
落ちそうになるも尾によって弾かれて宙を舞う。

「……これ、か」

キャッチした蒼は手の中の写真を見る。
最愛の母の膝の上、幸せそうに眠る人間の男の子と妖狐の女の子。

「ダメだな。部屋の中にこもっていると暗い考えばかりが頭に浮かんでしまう。狩りでも行くか」

口の端から犬歯を覗かせながら蒼は部屋の外に出た。