先程まで弱っていた人間が無言で十手を握りしめている。

「なんだ?」

紅丸は雲川丈二の姿に違和感を覚えた。
何かが違う。
その理由を紅丸は説明ができない。
だが、本能的にコレは違う。
本能的な部分が警戒を促してくる。
刀を構えなおそうと指先に力を入れようとした時、痛みが走った。

「ヌッ」

痛みのあまり握りしめていた刀を落とした。
かなり深い距離まで接近を許した事、自分の武器を落とされた事の怒り、自分に対してなんの感情も見せない瞳。
それらに紅丸のプライドは刺激された。

「舐める、なぁあああああああああああああああああ!」

普段、怒りをみせず冷静な紅丸。
紅痲の右腕として敵対する者のことごとくを倒してきた猛者。
妖怪一の実力者ともいわれている彼にとってはじめて抱いた怒り。
その怒りを表すように両手に炎を纏う。
鬼火の拳。
並の怪異は消し炭にできる威力。

「おいおい、やりすぎじゃないの?」
「アイツ、冷静さを失っているな。珍しい」

青山と紅痲は紅丸が本気を出していることに気付く。
止めるべきかと悩む青山に対して紅痲の目はキラキラと輝いていた。
この先が気になると彼女の目は雲川丈二へ向けられている。
静かに十手を構える雲川丈二を前に雄叫びを上げながら鬼火の拳を放つ紅丸。
だが、彼は怒りで失念していた。
間合いを詰めるという事は相手のテリトリーへ足を踏み入れる事。
冷静さを欠いていた紅丸は雲川丈二にとって格好の的である。

「あ?」

足が地面を離れる。
視界がくるくると回転していた。
続いて起こる衝撃と痛み。
投げ飛ばされたと気づいたのは紅丸が意識を失う直前だった。

「そこまで勝者、雲川丈二!」

青山の言葉で最初に動いたのは紅痲だった。