学校が始まって2日後に、鈴香の葬式は執り行われた。集まった人たちはほとんどが大人で、俺の同級生や歳が近そうに見える者は見当たらない。
どんな面持ちでいればいいか分からず、会場の端で立ち尽くしていると、1人の女性が歩いてきた。
「こんにちは。もしかして、辻谷幸樹くんかな?」
「えっ、あ、はい。そうです」
「突然ごめんね。鈴香の母です」
そう言ってお辞儀をする女性は、よく見ると鈴香に顔立ちが似ていた。雰囲気も、清楚な感じがありつつ何処となく彼女を思わせた。
「鈴香の友達になってくれて、ありがとう。あの子、すごく喜んでいたの。毎日、学校に行くのがとても楽しそうだった」
「そんな。お礼を言うのは俺の方です。鈴香、先輩には、とてもお世話になりましたから」
「そうなのね」
ただ一言呟いた鈴香のお母さんは、涙ぐんだ目頭をハンカチで押さえた。
「それと、あなたのお母さんにもとてもお世話になったわ」
その時、タイミングよく母がトイレから戻ってくる。鈴香のお母さんを見るなり、目を丸くして、それから深々と頭を下げた。
「お久しぶりです、渡辺さん。この度は、鈴香ちゃんのこと、心からお悔やみ申し上げます」
そして、母は再び顔を上げると唇を噛んだ。
「私がついていながら、こんなことになってしまい、なんと申し上げればいいのか……。本当に申し訳ございません」
「そんな、謝らないでください。むしろ私は、感謝しています。鈴香に、こんなにも親身になって下さった看護師さんはいないのですから」
「そんな。ありがとうございます」
「こちらこそ、娘をありがとうございました」
鈴香の母は一礼し、再び俺の方を向いた。
「あのね、鈴香から預かっていた手紙があるの」
そう言って、ポケットから一枚の封筒を取り出す。鈴香の母はそれを俺の目の前に差し出した。
「えっ、これって……」
「辻谷幸樹くん、あなた宛のもの」
真っ白い封筒を、俺はゆっくりと両手で受け取った。これが本来の目的だったのか、俺に手紙を渡した鈴香の母は「それでは」と他の参列者の元へと歩いて行った。
「私も他の知り合いに挨拶があるから」
そう告げて母もいなくなる。カツカツとビールを鳴らしながら歩く後ろ姿に、俺をわざと1人にさせようとしていると悟った。母の優しさなのだろう。
俺は近くの椅子に座って、封筒を開けた。中からは一枚の手紙が出てきた。
『拝啓 辻谷幸樹様
今まで病気のことを黙っていてごめんなさい。
そして、私の我儘に付き合ってくれてありがとう。
多分お母さんからも聞いたんだろうけど、私は小さい頃からよく病気にかかり、入退院を繰り返していました。だから遊ぶ暇も友達を作る暇もなくて、大抵は1人で過ごしていた。高校生になってもそんな生活は変わなかった。1年生の夏までは普通のJKライフを送ってたんだけど、やっぱり体が弱くて、また病院生活に戻った。そうして病院生活を何回か繰り返したある日、私は不治の病にかかった。それが2年生の話。それから一度学校に復帰したんだけど、病状が悪化してすぐ入院。それが3年生の5月から6月末。君が保健室登校になった時期だね。その2ヶ月間近く、なんとか状態は落ち着かせるこもとができたけど、私の体が良くなることはなかった。そして、余命宣告を告げられた。2ヶ月間、生きていられるかどうか。本当に短いなって思ったよ。世の中は理不尽だって泣いたこともあった。でも、せっかくなら残りの時間を楽しく過ごしたいって思ってさ。なんとか学校に行ける状態になって、また保健室登校を始めた。そこで、君と出会ったんだ。運命だと思った。もしかして、これは最期のチャンスなんじゃないかって。だから、強引だったかもしれないけど、君と友達になりたかった。友達という存在が欲しかったんだ。でも、他の人じゃなくて、君じゃなきゃ嫌だった。僅かな間だったけど、私はすごく充実した日々を送れた。こうくん、君のおかげで。ありがとう、感謝しても仕切れないよ。
最後に、こうくんはとても素敵な人です。優しくて、他人の頭を理解できて、責任感もある。だから、自分に自信を持って生きてください。そして、友達を作ってください。楽しい人生を歩んでください。
身勝手かもしれないけど、これが私からのお願いです。
ありがとう。そして、さようなら
敬具 渡辺鈴香』
俺はいつの間にか泣いていた。暖かい液が、俺の頬を伝っていく。手紙を持つ手は震え、端がくしゃりと折れ曲がった。
「鈴香……っ!」
涙が一粒、手紙の上に落ちる。それは下へと流れ、地面に落ちる前に紙に染み込んだ。その、薄暗い灰色のシミができたところに、もう一文だけ、彼女の文字が綴られていた。
『ずっと、こうくんが、好きでした』
短い文章。伝えたくなくて、でも伝えたくて。そんな矛盾じみた想いが、たった一文から伝わってきた。
俺は耐えきれず、声を上げて泣いた。周りの人間の視線が刺さろうが、迷惑だと思われようが、構わなかった。濁流の如く湧き上がるこの想いは、何処かに吐き出さなければ俺がどうかしてしまいそうだった。
俺を訝しげに眺める中で一人、俺に歩み寄って、背中をさすった人がいた。俺の母だった。母は無言のまま、俺の背中を優しく撫で続ける。久しぶりの温もりに、涙の勢いは増すばかりだった。
号泣の中で、俺は誰にも聞こえないであろう声で呟いた。鈴香に一番伝えたかった、一言。
鈴香、俺も、ずっと愛していた。