・【木曜日の登校】


 今日の昼に町のほうからチラシが配られるという話なので、今日はまだ何も動かずでいこうというラインが来た。
 じゃあ早く登校する必要も無いなと思っても、俺は別に元々遅く登校するほうじゃないので、教室へいつも通りの時間に着くと、真凛さんはまだいなかった。
 まあそれは別にいいか、というか来てすぐに真凛さんの動向をチェックする自分なんなんだ、と思っていながら席に着くと、なんと明らかに俺へ向かって加賀美昇介が歩いてきて、もしかすると昨日何か俺に腹立っていて、何か言われるんじゃないかと思って身構えていると、案の定、加賀美昇介は俺の前に来て、内心ビクビクしていると、なんと居座るように俺の隣の席に座って、こう言った。
「わりぃ、昨日はゲームのチラシ作っていたんだっけな、邪魔するようなことやっちまって本当にスマンかったわぁ」
 まさか昨日のことを謝罪されるとは思っていなかったので、どう反応すればいいか分からず、言葉が出てこないでいると、
「マジマンスーつって、マンスー」
 と言って頭を下げてきて、マンスーとは……? と思っていると、加賀美昇介が、あっ、と何かに気付いたような顔をして、
「マンスーって言うのはスマンの業界用語な、業界用語って逆から言うじゃん」
 業界用語って、つまりはテレビの業界用語ということか……それを、何故今俺を一対一で言うんだ……?
 というか何をどう言えばいいんだ、えっと、まあとにかく、とにかく本来の話としては昨日の謝罪というわけだから、
「別に、いいけども……」
 と先細りの声でそう俺が言うと、加賀美昇介は顔がパァッと明るくなって、
「良かったぁ、マジでキレられていたら怖かったもんなぁー」
 と言って両手を頭の後ろに置いて、少し仰け反った。
 何そんなリラックスすることあるんだ、というか俺と会話すんの初めてなのに、何でそんなリラックスできているんだ?
 要は俺なんて恐ろしくもなんともないということか、まあそうだろうな、こんな小物の子猿だもんな、俺なんて。
「でさ、ゲーム作るのいい感じ?」
 と急に前のめりになって俺に質問してきた加賀美昇介。
 何だこれ、完全に予想外、なんて言えばいい、本当になんて言えばいいと心の中で四苦八苦していると、真凛さんと鈴木瑠璃がやって来て、鈴木瑠璃が、
「おい昇介、石破のことイジメてんなよ」
「イジメてねぇよ! むしろ昨日のこと謝ってたんだよ! なぁ!」
 と俺のほうを見てきたので、
「あ、あぁ……」
 と返事をなんとかすると、真凛さんが、
「えぇー! 二人で会話してたんだぁ!」
 と言いながら楽し気に近付いてきて、加賀美昇介はサムズアップしながら、
「おうよ!」
 と答えると、真凛さんが、
「もしかすると友達になったの! 嬉しい!」
 と言った時に、何を言っているんだマジで、と思っていると、加賀美昇介は満面の笑みでこう言った。
「というか真凛の友達はもうおれらの友達だろ!」
 すると鈴木瑠璃のほうが吹き出してから、
「ほら、石破が困ってるじゃん、そういうのやめろって」
 それに対して加賀美昇介は、
「いやマジだって! 俺のマンスーも通ったしさ!」
「昇介のマンスーはマジでもうやめろって」
 みたいな会話をしながら加賀美昇介は鈴木瑠璃のほうへ行き、真凛さんも荷物を置いたら、鈴木瑠璃のほうへ行き、なんなんだマジでと思った。
 いやいいんだ、このまま俺から物理的に遠くへ行ってくれればそれでいい。
 でも何その真凛さんの友達はおれも友達ってヤツ、そもそも真凛さんと友達と言っていいのかもまだ分かんないし。
 まあいいや、とりあえずスマホゲームのコトバシレをやって心を落ち着けよう。
 朝のホームルームも始まり、授業もスタートし、今日は移動教室も無いので楽だなと思って、あっという間に昼休みになった。
 適当に弁当食べて、またコトバシレだなと思っていたのに、なんと真凛さんが俺の近くに弁当を広げると、その流れで加賀美昇介も鈴木瑠璃もやって来て、真凛さんがハッキリと俺を見ながら、
「チラシ、ちゃんと伝わるといいねっ」
 と言ってきたので、何か返さないとと思って、
「あぁ、まあ……」
 と一応答えると、加賀美昇介が、
「つーかさ、チラシなんてちゃんと作れたの?」
 と言うとすかさず真凛さんが、
「もう夢限くんが完璧にデザインしてくれて、大好きって感じ! あとはアタシが清書するだけ!」
 と言ったところで、鈴木瑠璃が、
「ウケる、いいところだけ盗んだ手柄泥棒じゃん」
「違う! アタシもちゃんと文字の大きさとか一緒に考えた!」
「枝葉過ぎるし」
 と鈴木瑠璃が笑っていると、加賀美昇介が、
「石破……夢限ってさ、チラシのデザインとかできるんだな、すげぇー」
 と裏表もないような感じで言ってきて、えっと、褒められたんだから、でもちょっと謙遜しないとな、と思って、
「そんな別に」
 と言うと、ちょっと盛り下がったような空気になってしまい、もう何かただただ『うっ』となってしまっていると、鈴木瑠璃が、
「いやすごいっしょ、だって真凛が納得したんでしょ?」
「そうそう! アタシの太鼓判だよ!」
「真凛ってデザインセンス、分かってくれるもんね」
「まあね! いろんなゲームやってるからデザイン作ることはできなくても良し悪しは分かるんだよねぇ!」
 すると加賀美昇介が、
「真凛ってホント、ゲーム好きだよなぁー。いつかゲーム作る人になるんじゃね?」
「もう今やってるって話だから! 覚えてよ! 夢限くんとやってるの!」
「わりぃ、そうだったそうだった」
 鈴木瑠璃は溜息をついてから、
「マジ昇介アホ過ぎる」
 すると加賀美昇介が、
「アホ過ぎはしないだろ! 可愛いくらいだろ!」
「男子のアホは一律でカッコ悪いんだよ、俳優以外」
「おれも演技めっちゃできるし! 全然おやつ食べ過ぎてもバレないし!」
「そこは可愛いのかよ」
 と矢継ぎ早に加賀美昇介と鈴木瑠璃が喋り合って、ドッと笑い合っていた。
 なんだろう、俺、どうすればいいんだろうか、何か言ったほうがいいのだろうか。でも何も言えないし、なんなら一緒に笑うこともできない。今回の流れはちゃんと俺の中でも面白いと思っていたのに、何か俺みたいなもんが陽キャの会話で一緒に笑っていいかどうか迷ってしまう。なんというか、身の程知らずとか何かそんなこと思われているんじゃないかとか思ってしまう。でもこうやって明らかに同じ輪の中にいて、何も喋れなくて、相槌もできなくて、笑うこともできなくて。何なんだ俺って、何もできないじゃないか。相互の関係としての動きが何もできないというか、こう思っている間も加賀美昇介と真凛さんが軽やかにボケ・ツッコミしている。あぁ、俺ってこうだよなぁ、マジでダサいと思っていたその時だった。鈴木瑠璃が俺のことをじっと、というかじとっと見ていることに気付いた。何か陽キャが陰キャを馬鹿にしているような目というか、コイツ何も喋れてないじゃん、カスって感じ。ヤバイ、何か言われる、と思った刹那、
「つーかさ、石破、喋るの遠慮とか逆に失礼じゃね?」
 と冷たい目で言われてしまった俺はその場に固まってしまった。というかこの場の空気も完全に固まってる。加賀美昇介と真凛さんもピタッと止まったって感じ。
 え、あ、喋るの遠慮とか逆に失礼じゃね? 喋るの遠慮とか逆に失礼じゃね? 喋るの遠慮とか逆に失礼じゃね? 喋るの遠慮とか逆に失礼じゃね? 喋るの遠慮とか逆に失礼じゃね? 喋るの遠慮とか逆に失礼じゃね? 喋るの遠慮とか逆に失礼じゃね? 脳内でリフレインしていると、鈴木瑠璃が、
「えっ、あ、違くて」
 と言って立ち上がり、気まずそうにその場をあとにした。
 一瞬固まっていた加賀美昇介と真凛さんだったけども、加賀美昇介も真凛さんも立ち上がり、加賀美昇介が、
「おい! ちょっとぉ!」
 と言って追いかけて、真凛さんは一回俺のほうを見てから、
「ゴメン! 今は瑠璃のほう!」
 と言って真凛さんも鈴木瑠璃を追いかけていった。
 あぁ、やっちまった、完全にやっちまった、言われた瞬間に何か返していればきっと変わったはずなのに、あのまま俺の脳内は固まってしまって。何だもう最悪だ、俺のせいじゃん、絶対俺のせいじゃん、鈴木瑠璃の言う通りだよ、喋ることを遠慮していたよ、別に何も浮かばないわけじゃないんだ、でも俺みたいなもんがって勝手に卑下して、きっとそうだよ、アイツらは俺が喋っても怒ったりしないよ、向こうからこっちに来てるんだし、いやまあ鈴木瑠璃のほうはマジでよく分かんないけども、少なくても真凛さんと加賀美昇介は俺の喋ることを疎ましく思ったりしないよ、そういうヤツだと大体分かったよ、でも俺は、何も言えなくて、空気をぶち壊して、最悪だよ。もう全部ダメ、全部終わり、終わり。
 脳内鬱になっていたら、いつの間にか、昼休みは終わっていた。
 放課後、真凛さんは俺のほうへやって来た。
 でも真凛さんの友達は一切こっちへは来なくて、遠巻きで見つつ、そのまま廊下へ出ていった。
 真凛さんも俺の近くに来て、席に座っているんだけども、何だかずっと黙っている感じ。
 俺から何か言うべきなのかもしれないけども、これに関して言えば、言葉が一切出てこない。
 どう言えばいいんだろうか、というか近付いてきたならば、何か言いたいことがそっちからあるんじゃないか?
 でも真凛さんも何をどう言えばと少し困惑しているような顔をしていた。
 あんな天真爛漫な女子を、こんな状況にしているのは絶対俺で。
 あぁ、これじゃないな、あんな明るい真凛さんをこうしておくことは間違いだな、分かったよ、言葉が浮かんだよ。
「真凛さん。友達を優先したほうがいいよ、ほら俺もそんなマジじゃなかったし、新しい人を探して」
 多分こんな嘘、初めてついた。
 俺もそんなマジじゃなかったって、そんなんそこそこの嘘だ。
 一緒にゲームして、一緒にゲームの設定考えて、一緒にチラシを作って、この時点で結構愛着沸いていたんだけども、でも、やっぱりダメだ。
 だって、
「俺邪魔でしょ何か、やっぱ相性とか悪かったんじゃないかな、もっと何かノリの良い人と一緒にやるべきだと思うから。じゃあ、俺、帰るわ」
 そう言って立ち上がり、バッグを持ったところだった。
 何だか嫌な予感がして、バッと真凛さんのほうを見ると、なんと大粒の涙をボロボロと流していた。
 えっ、いや、と、また思考が固まる、どういう、いう、え、
「せっかく一緒にやってくれる人が見つかったのに、私のせいで……」
 そう真っ直ぐ前を向いて、雫をこぼしている真凛さん。
 俺は本心をハッキリ伝えることにした。
「おい! 真凛さん! 俺のせいに決まってるだろ! 俺が真凛さんの友達とうまく喋れないからに決まってるだろ! 真凛さんは何も悪くない! 自分の好きなことに一生懸命ですごいと思う! こんな訳分かんないヤツに話し掛けて一緒にやろうって言う胆力がまずすごいし! 何か知らんけど誰が相応しいか吟味していたんだろっ? それで俺のことを選んでくれた! こんな光栄なことは無いわ! 真凛さんは大丈夫! 絶対成し遂げられるから! 俺応援してる! 真凛さんは本当に何も悪くない! 自信持って生きてほしい!」
 と言った時だった。
 なんと加賀美昇介と鈴木瑠璃が突然教室に現れて、真凛さんを囲んだ。
 ヤバイ、泣かせているところ見られて、俺、高校人生的に終わる。
 一生糾弾されて孤立するんだろうな、あぁ、まあでも今もそんなもんか、と妙に冷静になれたその時、加賀美昇介がこう言った。
「ゴメン、夢限、真凛が心配で隠れて見ていた……それでさぁ……」
 と言葉を溜めた加賀美昇介、さぁ、俺のことを好きに罵ればいいさ、女子を泣かせたんだ、それくらいの罪は受けるよ。
「夢限って熱いな! つーか真凛のことめっちゃ分かってんじゃん! もはやおれよりも真凛のこと分かってんなぁ!」
 えっ? マジでどういうこと? と思っていると、鈴木瑠璃が少し顔を紅潮させながら、
「ホント、あの、違くて、あたしって距離感バグってて、普通に、ツッコミみてぇな感じで言ったつもりだったんだけども空気めっちゃ悪くなってヤベェってなって、マジ夢限ゴメン。でもホント真凛のこと真剣に考えていて、なんかマジであたしら邪魔だったし、うん、邪魔なのあたしたち」
 と言ったところで真凛さんが、
「みんな邪魔じゃないよ! アタシの大切な存在だよ! アタシのエゴをこれから言うね! アタシ、夢限くんにも昇介にも瑠璃にも仲良く会話してほしいし! アタシは夢限くんと一緒にゲーム作りしたい! だってこんな真面目に取り組んでくれた人初めてで! 夢限くんを失ったら多分もう無理だよ! 絶対! 夢限くん! アタシと一緒にゲーム作りしてください!」
 そう叫びながら立ち上がり、俺に手を差し出してきた真凛さん。
 いや、別に、
「あの、マジじゃなかったとか、嘘だから、その、うん、やるよ。俺もゲーム作りとかしてみたいからさ」
「ありがとう! 大好き! 夢限くん!」
 と言ってまたわんわん泣いて、もうどうすればいいか全然分からなくて、真凛さん越しの加賀美昇介や鈴木瑠璃に会釈していた。
 加賀美昇介も鈴木瑠璃も真凛さんの肩を叩いたり、背中をさすったりしたところで、一緒に帰る感じになって、俺はどうすればいいか分からず、その三人についていくと最寄りのマックに入っていって、俺は一瞬躊躇したけども、一緒に入店した。
 普通にマックを買って、テーブルについた俺たち。
 いや何か、こんなことしたことないから分かんないな、と思っていると、まず鈴木瑠璃が俺に向かってこう言った。
「つーか、ゲーム作るのマジでするんだな、夢限ってゲーム好きだったんだ」
 ハッキリ俺に向かって、俺の名前も出して話し掛けられている。
 これはもう絶対に何かを言わなければならないから、
「いやまあそれなりに」
「というか夢限ってうちのクラスで一番頭良いじゃん、そんな暇無くね?」
「別に、息抜きというか、まだ一年生だから受験って感じじゃないし」
 すると即座に加賀美昇介が、
「いや受験って言葉言うなよ! もうビビっちゃったじゃん!」
 真凛さんは吹き出して、鈴木瑠璃は俺へ向かって、
「というか夢限ならもっと上の高校いけたんじゃね?」
 また俺に向けて言葉が発せられている……答えないと。
「いや家が近かったし、まあ今は勉強漬けというよりももっとゲームで遊びたかったし」
 加賀美昇介がカットインしてきて、
「夢限、そのゲームってスゴロク?」
 と俺に対して名指してボケてきたので、これは完全に俺がツッコまないといけないよな、と思って、もう思い切って言うことにした。
 多分(鈴木瑠璃はまだ分からないけども)加賀美昇介には何か変なこと言っても大丈夫のような気がするから。
「スゴロクのガチ勢とかないから」
 それに鈴木瑠璃がめちゃくちゃ吹き出して笑ったところで、加賀美昇介がちょっと調子に乗ってきた顔で、
「いやいるかもしれないじゃん」
「小学三年生が正月で卒業するから、スゴロクのガチ勢は」
 それでまた鈴木瑠璃が笑って、加賀美昇介は鈴木瑠璃のほうを見てニヤリと笑ってから、また俺のほうへ見ながら、
「いや高校生でもスゴロクのガチ勢いるって」
「それはもう桃鉄のeスポーツだろ」
 それに対して鈴木瑠璃が手を叩いて笑ったところで、加賀美昇介が嬉しそうに、
「いやぁ、めっちゃウケたわぁ!」
 と満足そうに言うと、急に鈴木瑠璃は冷めた顔をしてから、
「いや昇介じゃねぇし、夢限の返しに笑っていたんだけども」
「えっ! でもおれのボケありきじゃん!」
「昇介のボケはカス過ぎる、代われ、あたしがやる」
 と言って今度は鈴木瑠璃が俺のほうをじっと見ながら、
「つーか、夢限はつけまとかしねぇの?」
 えっ、何このツッコミ百本ノックみたいなこと。
 でももう完全に俺を名指して始めているし、俺はやるしかないよな……。
「ゲーム作り始めた結果、まつ毛濃くなりましたとかないから」
「いやそこでゲーム作り絡めんなよっ」
「ゲームしている時の目を真凛さんから見られるかもしれないなぁ、じゃぁないんだよ」
 すると真凛さんが吹き出しながら、
「見ないよっ、ゲーム画面のデバックするよっ」
 すると鈴木瑠璃が、
「デバックって何?」
 と言うと真凛さんが矢継ぎ早に、
「ゲームに故障している箇所が無いか確認することだよっ」
「あぁ、何か画面につけまが生えていないかとか、か? 夢限?」
 また俺に名指しで。
 まあいいや、もうツッコむしかないか、
「ゲーム画面を偽の毛で盛るとかないから」
「おい、夢限、つけまを偽の毛って言うな、怖く言うなよ」
 そう言って楽しそうに笑った鈴木瑠璃。
 いやまあ、なんだ、ウケている分には悪い気はしないというか。
 すると加賀美昇介がこう言った。
「夢限ってめちゃくちゃ面白いな!」
 そう言われると素直に嬉しいもので。
 結局この日は意味の無い会話を四人でして、時間が過ぎていった。
 家に戻ったところで、何か嘘みたいに感じで。
 友達、友達でいいのか? よく分からないけども、変な手応えだけは感じた。
 連絡先も勢いで交換しちゃってるし、四人のライングループがあるし。