・【水曜日のチラシ作り】


 朝イチのラインで俺はゾッとしてしまった。いやいいんだけども、全然ありえる範囲なんだけども。
『早めに学校へ行って、二人でチラシ作りをしよう!』
 それならやっぱりあのあと放課後にやれば良かったと思ってしまった。
 とはいえ、終わったことで、もうやり直すことはできない。
 寝坊したとか言って嘘ついたら、めちゃくちゃ不機嫌になるだろうなぁ……それは避けたい。
 結局俺は真面目に早めに登校した。
 するともう真凛さんはいて、
「夢限くん! 早速チラシを作っていこう! まずはどう説明するか考えよう!」
 しかも真凛さん、俺の隣の席に座っている。準備万端といった感じだ。
 俺が席に着くなり、席を勝手に合わせてきて、隣の席の人が(まだ来てないけども)可哀想だなあと思ってしまった。俺だったら言えないかもしれない。
「まずRPGの基本設定を書くんだよね! 文字をいっぱい書こう!」
 俺はその言葉を聞いた時に、違うんだな、と思った。
 多分チラシってそう書くんじゃない。
 基本的に人はチラシを読まないモノだと仮定して、文字は大きく、要点をまとめて書くことが大切で、RPGの基本設定とかそんなもん知ったこっちゃないといった感じだ。
 どうしよう、言おうかどうか、でも言わないと、クソバランスのチラシができるだろうな、もう言うしかないんだろうな。
 あーぁ、真凛さんがそういうこと一発で気付く人なら良かったのに。何でいちいち説明して、不機嫌になる可能性があるようなことを一回しないといけないんだ。
「あの、真凛さん、RPGの基本設定とか、別にいらないよ」
 すると真凛さんは目を丸くして、
「えっ? どうして! 骨幹だよ!」
「急に長々と説明されても『急に長々と説明されても……』と思うだけだから、こういう事業を始めているので協力よろしくお願いします、公式の者です、って大きな字で書いたほうがいいと思う」
「そっか……急に説明されても困るもんね……」
 と言って真凛さんが静かにアゴのあたりに手を当てたその時だった。
「真凛、何してんのぉっ?」
 真凛の後ろから加賀美昇介がウザったく話し掛けてきたのだ。
 すると真凛は即座に、
「ほら! アタシ、ゲーム作ってるじゃない! それのチラシの相談! 夢限くんと!」
「おっ、夢限とやってんのかぁ! おれたちのゲームは無限大ってかぁ!」
 ……俺の無限大イジり、小学生の頃で言われるの終わったんだと思った。
 このレベルのこと、未だに言うヤツいるんだ、とちょっとヒイてしまった。
 加賀美昇介はそのまま真凛の席の前に座って、こっちのほうを見ながら、
「おれも手伝ってやるよ! ちらし寿司ってな!」
 すると真凛さんは嬉しそうに、
「ちょっとぉ! 錦糸卵は作らないよぉっ!」
 とか言い始めて、陽キャの会話のノリ、ダルいなぁ、と思ってしまった。
 何かこの、身の入りの無い会話というか、もっと言うとたいして面白くない、早さだけのノリ。
「ちらし寿司ぱらっぱらぁ」
 と加賀美昇介が言うと、
「そんな! ふけ落とすみたいに言わないでよ!」
「おれにふけなんてねぇよ!」
 ……特に加賀美昇介のほうが面白くないなぁ、ぱらっぱらぁって何? オマエが脳ナシのパッパラパーだろ、擬音だけで頼って、ツッコミに頼るなよ、返しもイマイチなんだよ。
 俺だったらまずそんな擬音だけのボケしないし、ふけって言われたら、俺が落とすのはワックスだけだわ、くらいは言う。
 でも言えない。
 結局俺は内弁慶というか脳内弁慶で、思ったことを口に出すことは一切できない。
 加賀美昇介は面白くないが、俺はダサい。
 ダメな形容詞二連発でお送りしています。
 加賀美昇介がまた真凛さんに絡んで、
「美味しくなぁれぇ、美味しくなぁれぇ」
 と言うと、すかさず真凛さんが、
「ジャムおじさんかよ! ジャムおじさんがパンを作ってる時かよ!」
「ジャムおじさんって、ふへへへっ」
「昇介が言ったんだよ! 髪の毛両サイドからもさもさ出す気なのっ?」
「その髪型しねぇー」
 と言ったところで、また後ろから、今度は女子の声が聞こえた。
「なになに? 新イベ投入された感じ?」
 鈴木瑠璃だ。俺コイツ苦手なんだよな、特に。
 オタクに優しいギャルなんて嘘の産物だからな、こういう黒ギャルは俺みたいなヤツに冷たい目をしてきて本当に怖い。
 加賀美昇介は、
「おぉー、瑠璃ー、チラシ作ってんだって、ちらし寿司ぃー」
 何回も擦るほど面白くねぇだろ、いい加減にしろ。
 鈴木瑠璃は笑いながら、真凛の後ろの席に座って、
「つけまでもちらす?」
 と言って、何その発想、怖っ、と思った。
 いや加賀美昇介よりは面白いけども。
 真凛さんはそんな鈴木瑠璃へ、
「つけまはお祭りが始まったら付けるモノだよ! 今はお祭りのための下準備!」
 加賀美昇介はニヤニヤしながら、
「そうそうそのちらし寿司作りってこと! ちらし好きぱらっぱらぁー」
 鈴木瑠璃はちょっと冷たい声で、
「何その擬音だけのヤツ、そういうの勘弁してよ」
 と言って加賀美昇介がシュンと肩を落として、ざまぁモノだと思ってしまった。
 というかそういうの言っていいんだ、いや言っていいんだろうな、そういう関係性なんだろうな。
 俺と加賀美昇介にはそんな関係性が無くて言えないけども。
 というかそんな言えない関係性の連中がこうやって集まってくるなよ、今俺は真凛さんとチラシ作りを真面目にやっている最中なのに。
 でも真凛さんは真凛さんで、加賀美昇介や今やって来た鈴木瑠璃と会話し始めた。
「瑠璃! 今アタシ忙しいから!」
 それに対して鈴木瑠璃がハッとバカにしたようなスカした笑いをしてから、
「真凛が忙しいわけないだろ、真凛が忙しいなんて夏に飴玉が降るわ」
「そんな微妙に痛いモノ降らせないよ!」
「じゃあ綿飴、綿飴がでろーんと落ちてきて、えっ? 蜘蛛の巣? ってなる」
「そうなったら最悪じゃん! 綿飴はパッケージに入っていないと判別できないんだよ!」
 と矢継ぎ早にボケ・ツッコミしたところで、加賀美昇介が割って入ってきて、
「綿飴食べてぇー」
 と言うと鈴木瑠璃が吹き出しながら、
「ワンパクのカットインなんなんだっ」
 と言って、真凛さんも、
「近くに綿飴屋さんできたらしいから今度一緒に行こう!」
 鈴木瑠璃はまた笑いながら、
「そういう真凛のガチの面倒見、なんなんだよ」
 多分これがいつものボケ・ツッコミというか、いつもの三人で。
 そこに異物として存在している俺。
 あぁ、俺、何も喋れていないな、相槌すらできていない。
 せめて社会性としての相槌くらいはすればいいのに、それもできない。
 俺なんていていい存在じゃないって、ひしひしと感じる。
 結局、このあとはこの三人の会話で終始して、チラシ作りなんて全然進まなかった。
 朝のホームルームのチャイムが鳴ったところで真凛さんがヤバイって顔をしながら、こっちを見てきた。
 俺はもうここしかないと思って、
「大丈夫」
 とだけ言ったけども、何が大丈夫だ、何も大丈夫じゃないわ、特に俺のメンタルが。
 何もできなかった自分が不甲斐ない。一言でも『チラシのこと』と言えなかった俺の弱さが恥ずかしい。
 真凛さんや他の二人も自分の席に戻っていく。
 真凛さんは俺にゴメンねと手のポーズをしているけども、他の二人は俺のことなんて一切見ていない。俺なんていない存在だった。
 授業も始まり、俺は授業中にチラシに書きたいことをメモしていくことにした。
 移動教室や体育もあり、体育後の昼休み、教室に戻るともう真凛さんもいなくて、まあそれはいいやと思って、さらにチラシのデザイン面も考え始めた。
 午後の授業も終わって、放課後、大体チラシに書くことも決まったし、あとは真凛さんから許可をもらうだけだなと思ったところで、俺の席にすぐに真凛さんがやって来て、ものすごい勢いで頭を下げてから、こう言ってきた。
「本当にゴメン! まだ全然チラシのことできていなくて! アタシのことに手伝ってもらっているのに振り回してしまって! ここから真面目にやるから見放さないで!」
 何か強烈に謝られて、逆にゴメンって気分になりながら、
「別にいいよ、真凛さんは俺と違って忙しいし、ある程度チラシに書きたいことまとめたから確認して」
 と言いながら俺がメモ書きを取り出すと、隣の席に座りながら真凛さんが、
「マジすごい! やってくれたの! うわぁ! 大好き!」
 と言ってきて、大好きって軽いなぁ、その大好きは軽すぎるだろと思ってしまった。
 今度こそ一緒に、と思ったところで、また加賀美昇介と鈴木瑠璃がやって来て、
「おー、またちらし寿司ぱらっぱらぁかぁ?」
 そんな加賀美昇介に鈴木瑠璃が、
「それのどこに気に入る要素あるんだよ、擬音ボケはせめて最初の一発のノリだけにしろや」
 と冷たくツッコみ、加賀美昇介はフハッと笑いながら、また真凛さんの前の席に同じように座った。
 いやこれ朝の再来だろと思っていると、加賀美昇介が、
「ちらし寿司作るの好きだなぁ、食べてぇー」
 それに対して鈴木瑠璃が、
「朝ウケたワンパクボケもういいよ、ワンパンすっぞ」
「怖ぇーよ、オマエ爪すごいんだからさ」
「メリケンサックを一から作るぞ」
「どういうことだよ」
 そこは『こだわんなよ』だろ、と脳内でツッコミのダメ出し。
 本当はそれを言えばいいんだけども、俺は正直内心ビクビクで何も言えない。
 正直俺はコイツらが怖いんだと思う。何か俺が言ったら『オマエとは会話してねぇよ』と言われそうなこの雰囲気。
 俺はまた黙って静かにしていると、真凛さんがこう言った。
「ゴメン! 今日は夢限くんと一緒にゲームのチラシを作るから今日は帰って!」
 そう手を合わせた真凛さんに加賀美昇介が、
「えぇー、いいじゃーん、おれたちがいても別にできるっしょ」
 真凛さんはう~んと唸ってから、
「でも身の入った会議を展開したいからぁー」
 加賀美昇介は即座に、
「全然余裕余裕、ゆうゆうゆうっちゃぁん!」
「ゴメン! そういうの今欲してない! その換金所やってない!」
 と真凛さんが言ったところで鈴木瑠璃が一瞬俺を一瞥したように見えて、俺は心臓がドキィッてなってしまっていると、
「まあ今日はいいんじゃね? 昇介、帰ろうっ」
 と言って加賀美昇介のソフトリーゼントの部分を掴んで引っ張って、
「イタイ! イタイ! オマエと違ってウィッグじゃない! おれ!」
 そう言って加賀美昇介も立ち上がって、鈴木瑠璃と一緒にその場をあとにした。
 でも、でも、俺がもうちょっと愛想が良ければ一緒にやれたんじゃないかってちょっと思ってしまい、何か鬱になってきた。明らかにあの鈴木瑠璃の目って、俺が何か、足りないって感じだったよな……俺がもう少し、コミュ力が足りていれば、四人でやろうよ、とか言えるようなヤツだったら、全然邪魔じゃないしって言えるようなヤツだったら、何か嫌だな、俺のこの能力の低さというか、低スペックを維持しているところ、あぁ、段々また辛く、心臓が痛くなってくる……。
「夢限くん! 何か疲れていないっ? いやでもそうだよね! チラシのアイデア全部作ってくれたんだもんね! このメモ最高! 書くのはアタシするから! POP風得意だし!」
 あぁ、そうか、ヤバイ顔していたかも、なんとか気を持って、
「書くのやってくれるの有難い、俺そういうの苦手だから」
「適材適所ってヤツだね!」
 そこから二人で文字の大きさなどを相談しながら、作っていった。
 チラシは完成して、町の公式マークは今日の夜に町から届けられるらしいので、仕上げや印刷は真凛さんがやって、配るのも真凛さんが手配しておいてくれるらしい。
 その日はそのまま別れて、俺は自分の部屋で今、ゲームをしている。
 もっと俺が真凛さんの友達を喋れる、否、相槌くらいできるようになれれば少しは、って、思って、また何か面倒になってきて、疲れてきて、宿題をしたらすぐに寝てしまった。