・【天満真凛の家へ】


「ほら早く早く! 日が沈んだらもう夜だよ!」
 玄関の外へ出て、手招きをする天満真凛。
 俺は鍵を閉めて、ついていくことにした。
 天満真凛は小走りだが、男子の歩幅的には早歩き程度……と思ったら、天満真凛の小走り、何かちょっと速いぞ?
 全然男子の歩幅で小走りしている。そうだ、そもそも俺が帰宅の時もそこそこ振り切る気で歩いたのに全然だったもんな。
 結局俺も走るみたいな形になって天満真凛についていっているんだけども、今ここで立ち止まったら、天満真凛が俺を撒いたみたいになるかな、と思って、試しに立ち止まろうと思ったんだけども、何かすぐにまた足が動いてしまった。
 何だろう、この気持ち。
 別にそんな結構強めに呼吸しながら、ついていく理由なんてないのに。最悪ツツモタセの仲間たちにボコボコにされるかもしれないのに。まあ今回の場合は天満真凛の兄にボコボコにされるかもしれないのに。
 でも天満真凛には裏表が無さそうで。一緒にゲームをしていても楽しくて。何か普通に会話ができて。決してつまんないヤツじゃなくて。
 対して俺はどうだ?
 俺はつまんないヤツで、裏表がすごい上に、裏がネガティブ過ぎるし。友達がいなくてゲームしているだけだし、たいした会話なんてできていなくて。
 そんなヤツとやっているスマホゲームが同じだという理由で一緒にゲームを作る? 正気か?
 やっぱりツツモタセだろうな、天満真凛の兄にボコボコにされるんだろうな、やめよう、見失ったことにしよう、ちょうど天満真凛は俺のほうを一切振り返らず前だけ向いて走ってる。
 というかツツモタセ的なアレなら、もっとくっついて歩けよ、先導して風を切るなよ。じゃあそうじゃないってことなのか?
 何なんだ、コイツは一体俺の何を是としたんだ? 俺に良いところなんて何一つ無いのに、と思った刹那だった。
 俺と距離の離れた天満真凛が振り返ってこう言った。
「ここ! アタシの家! ……遠ぉっ! 早く来てよ! アタシってばテリスの疾風剣だったぁぁぁあああ?」
 いやデカい声でゲームの技名を言うなよ。恥ずかしいだろ。
 というかどうやらついてしまったらしい。
 天満真凛とは中学校違ったけども、結構近くに住んでいたんだとか思いながら、俺は一応小走りでその場に行くと、天満真凛が、
「早く早く! もうアタシはやりたいことがいっぱいだげぇぇぇえええええええええええ!」
 いやコーラ発の深いゲップって一発出たら終わらない?
 俺は不意を喰らってしまい、めちゃくちゃ笑ってしまうと、
「夢限くん! 自分の分のゲップをこっちになすりつける能力使わないでよ!」
「そんな限定的な異能力ねぇよ!」
 とつい大きな声でツッコんでしまうと、天満真凛は、
「ウケたから良かったけどさ! ヒクほうの友達じゃなくて良かったよ!」
 と言いながらその家の玄関を開けてから、
「早く! 全然遠慮とかいらないから!」
 と言ったので、あぁ、ついに入るしかないんだとは思った。
 ツツモタセじゃありませんように、兄にボコボコにされないように。
 そんなことを思いながら、天満真凛の家へ入った。
「おじゃまします」
 と別にいつもの流れで言うと、天満真凛が目を丸くしながら、
「ちゃんとそういうこと言うのいい!」
 と言ってきて、
「別に言うだろ」
 と俺はちょっと怪訝な気持ちで言うと、
「アタシの友達は全然だよ! 言葉の菓子折りゼロだよ!」
 言葉の菓子折りってなんだよ、最終的には菓子折り欲しいヤツの語彙じゃん。
 俺はずっと天満真凛の一歩後ろをついていくと、天満真凛はとある部屋をノックした。
 ノックって、自分の部屋じゃないのか? 誰かいる、ということは、つまり、やっぱり俺に対して本当に来たんだぁ的なイジリからのボコボコ、と思って、背筋がゾォッとしていると、
「お兄ちゃん、入るよー。今回のアタシたちの助っ人は本物だよ! ゲームの大谷翔平だよぉ!」
 そう言って扉を開けると、中からコトバシレの音楽が聞こえてきて、暇潰しにコトバシレやってる? って思った。
 さらに天満真凛は楽しそうに、
「昨日話した石破夢限くんだよー」
 と言ったんだが、昨日話した? って……俺と天満真凛がまともに会話したのって今日が初めてでは? じゃあやっぱり俺を狙ったツツモタセ的な……!
 天満真凛の兄の部屋は殺風景で、ベッドと机、その机の上に大型のゲーミングパソコン、そしてゲーミングチェアしかなく、当の本人はずっとパソコンのほうを見ていた。全然振り返らない。
 えっ? ツツモタセ的なことじゃない? 普通そろそろ振り返るだろ、と思いながら一緒に中へ入って、扉を閉めて。
「お兄ちゃん! 夢限くん! コトバシレやってるんだよ!」
「それ昨日聞いた」
 ……ん? 何だ? だから俺と天満真凛が会話したのは今日がほぼ初めてで。
「すごいゲーム持ってたのは予想外だけども、学校では秀才なんだよ!」
「学校程度で秀才なんて山ほどいるだろ」
「今度こそ大丈夫! アタシが吟味して声掛けたから!」
「結局真凛の友達に足稼がせたほうがいいんじゃね?」
「みんな戦術理解度が低くてダメなんだってばぁ!」
「真凛の友達、脳筋ばっかだもんな」
「そんなこと言わないでよぉ!」
 矢継ぎ早に会話する、まさしく兄妹の会話といった感じ。
 というか何かちょっと分かってきたかも、と思いつつも、廊下のほうへ耳を澄ませる。
 後ろから隠れていた仲間たちが出現して、俺をボコボコにしてくるんじゃと思っているんだけども、そんな音は無く、聞こえてくるのは馴染み深いコトバシレのBGMのみ。
 すると天満真凛の兄がゲーミングチェアを回して振り返り、俺を見ながら、
「まあ高校一年生は何をどう見てもヘボだわな」
 と言って鼻で笑った。めっちゃ失礼過ぎる。まあそうだろうけども。俺はヘボだけども。
 すると天満真凛が、
「そういう失礼なこと言わないで! 今回は期待していいよ! 夢限くん、めっちゃ成績良いし! ゲームも上手い! これは予想外! 期待以上!」
「遊ぶだけの凡人と作る側の人間は全然違うんだよ、どうせすぐに投げ出すだろ」
 そう俺を一瞥するように見ると、またゲーミングチェアを回して、机のほうを向いた天満真凛の兄。
「もういいや! 行こう! 一緒に案を出し合おう!」
 そう言って天満真凛が俺の腕を掴むと、
「一旦廊下で待ってて! 部屋綺麗にしてくるから!」
 と言ったところで、天満真凛の兄が、
「今日連れてくる予定だったんだから綺麗にしてろよ、連れてくるのも息巻いていたくせに遅いし」
「掃除は臨場感だから!」
 そう言いながら天満真凛は兄の部屋の扉を開けて、俺も出ると、天満真凛がめちゃくちゃ強く扉を閉めた。
「じゃあ今から掃除してくるから! 五分で!」
 天満真凛は兄の部屋の向かい側の部屋に入っていった。
 掃除は臨場感ってどういうことだよと思いつつ、俺は天満真凛の掃除を待つことにした。
 それにしてもボコボコにされなかったな。
 いや少しだけ天満真凛の兄から言われたけども、精神的なチクチク程度だったな。
 ……本当に、本当に俺を見込んで、ってことか?
 何か話を聞く限り、俺を前から狙っていたっぽい? 吟味していたっぽい?