・【めぐるめぐる土曜日】


 今日は直前で集まる時間が二時間遅くなった。
 この空白の二時間を俺は妙に気になっていて、結局待ち合わせの場所にも早く着いてしまった。
 もしかするとちょうど瑠璃から何か吹聴されてしまい、心の持ちようが上手くいかなくて、二時間遅れに急遽設定し直したのか。
 ヤバイ、考えれば考えるほどネガティブになっていくと思っていると、なんと待ち合わせ時間の三十分前に真凛がやって来たのだ。
「もう来てたの! 何で!」
 と俺を見つけるなり叫んだ真凛に、
「いやほら、元々の予定で行動していたから」
 と俺が答えると、真凛はちょっと困惑した表情で、
「ゴメン! 急に二時間遅れとかにしちゃって!」
「いやでも真凛も早いじゃん。大丈夫だったの? 何か予定でもできたんじゃないの?」
「アタシは全然大丈夫! 気にしないで!」
「ならいいけども」
 そんな会話をしながら、一緒にまずひとけの少ない神社に移動した。
 空気が澄んでいる感じがして、何だか心が洗われる……ようなことはなくて、俺はずっと何で急に二時間後になったのかをぐるぐる考えてしまっている。煩悩まみれだ。
 真凛と見て回ったところで、真凛が、
「ここはちょっとアイテムを設置して終わりでいいかなっ」
 と言ったんだけども、俺は事前に考えてきたことを言うことにした。
「ここってひとけの少ない神社じゃん」
「うん、まあここは出店とかも常時は無いからね」
「神社ってさは大勢の人が参拝すると、神様としてのパワーが強くなるという言い伝えがあるじゃん」
「そういうのは聞くね」
「だからこういう神社こそ、何度も参拝に来てもらえたらいいかなって俺は思うんだよ」
 真凛は目を輝かせて、
「それいいね! じゃあちょっと変わったイベント用意しちゃうっ?」
「そうそう、だから何度も来る度にアイテムがもらえるようにしてさ、来る前の歩数によってもらえるアイテムが強力になるみたいな」
「すごい! それは本当に良い! 良い町おこしだと思う!」
「こっちだけ地理的条件で寂れているって何か嫌じゃん」
「やっぱり夢限はすごい! だっ、ぃす……ダイス」
 と急に何かカッコつけたポーズをした真凛。
 いや、
「急にダイスって何?」
「運命のダイスを振れ、って感じのアイテム手に入るとカッコイイかなって」
 そう顔を真っ赤にしながら言った真凛。
 いやまあ、
「そういう厨二病的な感性、ゲーム作りには大切だと思うし、悪くないと思うよ」
 とは言ったんだけども、急にダイスってマジでなんなんだとは思った。
 でも真凛は上機嫌そうに飛び跳ねたのでまあ良かった。
 また場所を移動して、石油採掘跡公園に移動した。
 ここはタダで入れる公園なので、立て看板などでアイテムが手に入るようにはしようと話したんだけども、真凛が、
「もうちょっと工夫が欲しいよね、こういうところこそ町おこしって感じじゃん。歴史を知ってもらうみたいなのがさっ」
「まあそうだよなぁ、じゃあこの立て看板って順番があるじゃん、読む順番というか。この順番に見ていくと最後に強力なアイテムが手に入るとかどう?」
「それめっちゃ良いかも! 看板の写真撮ったりとかさ!」
「そうそう、そんな感じでやったら面白いんじゃないかな。勿論どこかにヒントを散りばめて、順番で、っていう」
 真凛と俺の意見も一致して、それなりに良い雰囲気で、秋葉駅にやって来た。
 真凛はすぐに、
「ここはさ! ある程度広いから長く滞在すればするほど経験値が増えるみたいなのもアリだと思うんだよね!」
 でも俺は少し悩んでから、
「滞在時間はどうかなぁ、車で移動している人は駐車スペースを占領しちゃうことになるから、もう少し端的でも良いと思うんだよ」
「そっかぁ、そうかもねぇ、でもせっかく駅なんだから面白い仕掛けがほしいなぁ」
 そう小首を傾げた真凛。
 一緒に駅を歩き回った結果、この駅という場所にありがちなオブジェを使うことにした。
「真凛、オブジェそのものをボスとして対決できるなんてどうかな?」
「オブジェそのものって?」
「カメラで映すと、オブジェ自体から攻撃を発するようにして、こっちもオブジェを攻撃する感じのエフェクトにしてさ」
「何それ、面白いかも」
「一応オブジェに悪い魂が乗り移ってしまったとか、そういう設定にして。そうしたらオブジェと闘っていても違和感無いかな」
「それいいね! あとで町に許可もらいに行こう!」
 と話がまとまったところで、大体昼ご飯の時間になったので、
「何か適当に駅弁でも買って食べる?」
 と俺が聞くと、真凛が急にもじもじとしてきて、何だろうと思っていると、真凛が、
「あの夢限が良かったらさ……アタシが作ってきたお弁当、一緒に食べないっ?」
「お弁当!」
 めっちゃビックリしてしまって、デカい声が出てしまった。
 矢継ぎ早に真凛が、
「嫌かな!」
 と言ったんだけども、
「めちゃくちゃ嬉しい! ありがとう!」
 とハッキリ言うと、真凛は控えめに頷いて、一緒にテーブルのあるベンチに移動した。
 まさか真凛が作ってきたお弁当を食べられるなんて……というか、もしかすると、
「二時間遅らせたのって、これが理由?」
「本当はダメだよね……お弁当食べてほしくて予定を遅らせるなんて……」
「いやどうせ二人だけの予定なんだから全然ダメじゃないよ! というかマジで嬉しい! ありがとう! 早速食べよう!」
 俺は真凛と一緒にお弁当を食べ始めた時にふと思った。
 デートみたいだ、って。
 いや思っていいだろ、さすがにこれは思わないほうがおかしいだろ、でもじゃあどういうこと? マジでどういうユーモア?
 お弁当はすごく美味しくて、女子の手作りとか初めてだったので、めちゃくちゃ嬉しかったし、一応全部言葉にしたつもりだ。
 その度に真凛は恥ずかしそうに、
「ありがと……」
 と呟いて、マジで可愛かった。うん、可愛かったって思うしかないし。
 その後も商店街へ移動して、許可取りなどをしたところで、一旦真凛の家へ行くことになった。
 そこで拡張現実のRPGの詰めも同時並行でやっていくという話で。
「おじゃまします」
 といつも通りにそう言うと、真凛が機嫌良さそうにフフッと笑って、何か知らんけども嬉しくなった。
 俺は普通に真凛の部屋へ通されて、一緒に丸テーブルの前で座って、協議を開始した。
 真凛の部屋に対していろいろ思うと、顔に出そうなので、ここはもう仕事で協議しに来たみたいなスイッチを入れて、やり過ごすことにした。
 クリアした特典を町と交渉するという話になり、店舗ごとのアイテムを所持した状態でクリアし、そのアイテムを提示したら安くなるというのもありつつ、倒したボスの数だけ当選確率が上がる懸賞などに応募できるようにしたい、という話をした。
 ただその辺の交渉は一閃さんがしてくれるらしくて、今は俺と真凛でいろんなアイデアを出し続け、自分たちでできる範囲のことは大体協議し終えた。
 あぁ、ついにゲーム作りも終わりに近付いているんだ、と思った時、ふと俺はこんなことを思ってしまった。真凛とは友達になれたかもしれないけども、ゲーム作りという共通の話題が無くなるわけだから、もしかしたら徐々に疎遠になるかもしれない、と。そりゃ関係無い話題で盛り上がることもあるけども、こういう、ずっと一緒で、みたいなことはもうなくなるわけだから、徐々に徐々に、フェードアウトするかもしれないって。あっ、俺、真凛に告白したいんだ、って、気付いていたよ、だいぶ前から。でもゲーム作りの途中で告白したら全てがおじゃんになるだろうから言えなかったけども、俺はやっぱり真凛が好きなんだ。友達じゃなくて。もっと真凛と深い仲になりたい。何をするわけではないけども、真凛が他の男子と仲良くなったら嫌だなと思う汚い独占欲は感じていて。そりゃ昇介と真凛がより親密になるならいいけども、真凛がポッと出の男子と仲良くなったら嫌だ、って、俺がそのポッと出の男子なんだけども。でも、でも、でもさ、自分はポッと出だからって言って、自分の気持ちに蓋をするなんて、もう嫌だなって、ちょっと、いや結構思ってる。いやもっと理路整然と考えよう。こんな勢いに任せてみたいな思考じゃなくて。
 俺は。
 真凛が好きだ。
 最初にできた友達。
 なんだけども、ちゃんともっと親密になりたくて。
 一緒にいると楽しくて、ずっと二人で一緒に居たいって思ってしまって。
 でももう一緒にいる時間は無くなることになって。
 じゃあさ、繋ぎ留めたいじゃん。
 ある程度、最低でも友達になれたんだ。
 告白する権利くらいあるよな。
 誰だか分からないヤツから突然告白されてキモイとかにはならないはずじゃん。
 もうゲームは完成するんだ。
 もうゲーム作りがおじゃんになることはないんだからさ。
 伝えたい。
 この気持ち。
 というかこれでキモイって言われたら、向こうも勘違いさせるようなミスいっぱいあったって俺は思うよ。
 今日のお弁当だってそうだし。
 いいじゃん、負けた時の言い訳を脳内に巡らせたって。
 勝っても負けても俺の人生は続いていくんだから。
 負けた時の言い訳を考えることの何が悪いんだ。
 取り繕うのは当然じゃん。
 取り繕い過ぎてこじれていた俺の人生だけども、取り繕うことだって別に悪いことじゃないし。
 あーぁ、もういい、もういい、俺は告白する。
 思っている気持ちを伝えるんだ。
「夢限、大体決まったしさ、これから一緒にゲームしない?」
 そう真凛が言ったんだけども、俺はもう言うことにした。
 一緒にゲームしたあとに言うという選択肢も浮かんだけども、やっぱり今すぐ伝えたくて。
「真凛、真面目な話をしていい?」
「うん、勿論だよ!」
 そう快活に笑った真凛。
 俺は真凛の顔を見ながら、こう言った。
「ゲームを作るという共通の話題が無くなって……このまま疎遠になることは嫌です。俺と付き合ってください」
 そう言って頭を下げた俺。
 真凛の表情は見えないけども果たして、と思っていると、真凛の大笑いが聞こえてきた。
「ゲーム作りはそもそも終わらないよ! これからアップデートだってあるしさぁ! ずっと一緒だよぉ!」
 俺が顔を上げると、鈴の音のようにコロコロと笑う真凛がいた。
 このリアクション、間違いない。
 俺を友達としてしか見ていないってヤツだ。
 いやいいんだ、告白した俺を友達という目で見てくれているだけで素敵じゃないか。
「あぁ、そうか、友達のままでってヤツですね。でも俺は友達のままでも嬉しいです。有難う、真凛」
 俺は正直ホッとしている。
 言いたいことは言えたし、その上で友達扱いしてくれるなら、それ以上は無いって。
 すると真凛は目を皿にして驚いたので、あっ、違うんだ、と思った。
 そのリアクション。
 つまりは友達もやっぱり違って、あくまでビジネスパートナーってところなんだな、胸に鉛を抱えながら、わきまえていると、真凛が、
「ちょっと待って! アタシも夢限のこと大好き! 友達じゃなくて恋人という意味で! 勘違いしないでよ! そもそも!」
 と言ってから座った状態で俺に抱きついてきて、マジか、と思ってしまった。
 いや今何か言いかけていたけども、でも間違いなく”恋人という意味で”とも言ったし、もういいかと思って、優しく抱き締め返した。
 その後、俺と真凛は改めて言葉を擦り合わせて、本当に、異性愛としてお付き合いするということになった。
 嘘みたいだけども、本当のことが起きてしまった。
 俺はきっと今日のことを一生忘れないだろう。
 ただ一つ心残りだったことは、あのあとの言いかけていた言葉が何なのか、最後まで真凛が言ってくれなかったことだ。
 頑なに口を割らず、一体何だったんだろうと思った。
 もし仮に、ツツモタセ的な、いや止めよう、もう今さらこのレベルのことを考えることは止めよう。
 俺は真凛のことを信じている。
 何があっても真凛のことを信じる。