・【不安渦巻く木曜日】


 いつも通り登校はしたけども、何だか嫌な予感はしている。
 いつもは他愛の無いラインが真凛や瑠璃からきたりするんだけども、今日は一切無かった。
 席に着いたあたりで気付いた。
 どうやら真凛と瑠璃が喧嘩しているようで、全然それぞれを見向きもしない。勿論会話なんてない。
 ここ最近は俺が席に着く前にみんな話し掛けてくれていたけども、そういうことは全くゼロで。
 真凛と瑠璃が喧嘩すると俺にも触れなくなるんだという発見。
 でもまあいいか、俺の立ち位置というモノがちゃんと分かって。
 というか案外喧嘩の原因俺かもな、俺がやっぱりキモイとか、そういうことなのかもしれないな。
 とりあえず俺のことは無視して、そこから再構築していこうかみたいなことかもしれないし。
 何か理路整然と我に返ってる感じがする。
 ちゃんと考えることができている。
 それでいいじゃないか。
 昔みたいにパニックになってないぞ。
 これは成長だ。
 短い間だったけども、ありがとな。
 とか思っていると、昇介が俺に話し掛けてきて、あれ? 昇介も一緒に俺を無視する流れじゃないの? と思っていると、
「夢限、何か知らね? 真凛と瑠璃のこと」
 あぁ、そうだ、返事しなければ。
「いや俺は全く」
「そっか、そっかぁ……」
 そう言って俺の前で大きな溜息をついた昇介。
 俺のこと使えないなぁ、とか思っているんだろうな。
 でもそれでいい、それでいいのに、何で昇介はずっと俺の前でもじもじしているんだろうか。
 何か言いたそう、でも言わないほうがいいかなみたいな感じ。
 昇介は思ってることが顔と行動に出るから丸わかりだ。
 もしかすると昇介は俺のことを嫌っているわけじゃないかもしれない……いやぁ! 当たり前だろ! 何も理由ねぇじゃん! 真凛と瑠璃も俺が原因とかクソ妄想じゃん! 現実を見ろ! 本当の現実を見ろ! ずっとずっとネガティブで生きてるんじゃねぇよ! ネガティブがカッコイイとか思ってんじゃねぇよ! ネガティブだから分かってますヅラじゃぁねぇんだわ! 何で真凛が? 何で瑠璃が? 気になるなら俺も行動すればいいじゃん! 結果嫌われてるなら別にそれでいいじゃん! でも何もしないのはおかしいだろ!
「昇介、俺も一緒に聞き回るわ」
 と言って立ち上がると、昇介はパァっと明るい顔になって、
「夢限が居てくれれば百人力だよ! でもっ」
 と一瞬落ち込むような声を出したので、何だろうと思っていると、
「何か、おれの野次馬根性に夢限を撒き込んだらワリィかなと思ったんだけどさ……」
「これは野次馬じゃなくて心配根性だよ、友達が険悪なら心配して当然だよ」
「だよな! そうだよな!」
 そっか、昇介は前の野次馬事件に尾を引いていたわけか。
 でも分かるよ、昇介とはある程度は一緒にいたんだから昇介の気持ちくらい分かるよ。
 特に顔に出やすいからな! 昇介は!
 俺と昇介はクラスメイトに聞き込みをさりげなく開始した。
 でもクラスメイトは一様に知らないという言葉ばかり。
 それよりも、
「つーか昇介と夢限が一緒にいるって何か変だよなぁ、でも最近一緒だよなぁ」
「秀才とヤンキー風なんてさぁ」
「夢限、ヤンキー風とつるんでヤンキー風になるなよ?」
 俺は他のクラスメイトに俺と昇介は友達ということが認知されている感じがすごく嬉しかった。
 でも昇介は、
「ヤンキー風ってなんだよ! いやそうだよ! ファッションヤンキーだけどさぁ! あんな言い方ばっかり無くねっ?」
 ちょっと不満を持ってらっしゃる。
 ここはちゃんと言うか、
「でも俺はヤンキー風で助かってるよ、怖くないしさ。むしろ人懐っこい感じがしてマジで良いと思う。ヤンキーよりカッコイイと思うよ」
 結局真凛と瑠璃のことは分からなかったけども、昇介との親密度はめちゃくちゃ上がったと思う。
 俺がああ言ったら、
「そうだよ! おれはヤンキーを越えた存在なんだよ!」
 と上機嫌になったから。
 いや実際おべっかとかじゃなくてマジでそう思ってんだよな、マジのヤンキーだったら本当に苦手だし。
 朝の時間はそんな感じに終わって、授業が始まった。
 移動教室とかありつつ、昼休みになったところで、事態は急変した。
 急に瑠璃が俺に近付いてきて、
「今からこっち来い!」
 と凄んできた。
 すぐさま昇介が近寄ってきて、
「そんな言い方ないべっ」
 と言ってくれたんだけども、瑠璃は顔を真っ赤にして怒髪天になりながら、
「うるせぇ! 今ヨユー無いんだよ! 勢いでいってやるんだからな!」
 と声を荒らげて、どうやらこちらがヤンキーだったようです。
 って、何だこのナレーション風の脳内。
 一体どうなってるんだ、本当に俺が原因だったのか? 俺、瑠璃に何かしたっけなぁ……さすがに分からな過ぎる。女子ってイミフだ。
 俺は瑠璃に促されるまま、廊下を二人っきりで歩いていき、ひとけの無い教室に一緒に入った。
 俺は何を言われるかビクビクしていると、瑠璃は肩で息をしながら、こう言った。
「ぶっちゃけ夢限ってさぁ、真凛のこと好きなん?」
 急にそんなことをハッキリ聞かれてしまい、心臓が高鳴ってきて、訳も分からず俯いてしまうと、
「ここ人生の分岐点だからぁ! ハッキリ言えぇぇええええ!」
 と瑠璃からすごまれて、めちゃくちゃ睨まれて、もう本当にトラウマ程度の騒ぎじゃなくて。
 マジで『うっ』ともならない。激高している女子って初めてだから。
 もしかすると真凛が瑠璃へ『夢限がアタシに好意持ってそうでキモイ』とか相談を受けて、そんなはずないじゃんみたいなこと言っていたら真凛と瑠璃で口論になって、みたいな形なのかもしれない。
 あーぁ、マジで俺のせいなのかなぁ、やっぱりまたどんどんネガティブな自分が顔を出して……!
「答えろって言ってんだろがぁぁよぉぉおおおおおおお! 人生の分岐点だと思って真面目に答えろやぁぁぁあああああああ!」
 もう、言うしかないんだ。
 思っていることを素直に吐露するしかないんだ。
「好きかもしれないけども、初めてできたちゃんとした友達ということにただ喜んでいるだけかもしれない」
 瑠璃は大きな溜息をついてから、
「真凛から逆に告白されたら付き合う?」
 それはきっと、
「断る理由は無い」
 と本当の本心を答え、チラリと瑠璃のほうを見ると、瑠璃は何だか寂しそうに笑ってから、
「そっかぁぁあああ! じゃあいいよぉぉぉおおおおおお!」
 と声はさっきまでの比じゃないほどに異常にデカくて、なんなんだと思っていると、
「終わり! これで終わり! 本当に終わり! 帰って良し!」
 と現場猫のポーズをしたので、現場猫のポーズをしたらさすがに終わりだなと思って、俺はその場をあとにした。
 教室に戻ると、昇介がすぐに俺へ駆け寄ってきて、
「大丈夫か! 何があったんだ!」
 と言ってくれたんだけども、
「ちょっと、何かゴメン、マジで言えないかも」
 と俺が答えると昇介はうんうん頷いてから、
「秀才がそういう判断を下したんだ……じゃあ友として聞かない! 今日おれはこれからグラウンド走ってくるわ!」
 と言って教室を飛び出していった。
 多分いると聞いちゃいそうということなんだろうな。俺なんかに配慮してくれて本当に有難い。
 でも授業中、我に返ってから、これ、真凛のことが好きということを瑠璃に言いふらされるヤツなんじゃないか、と思い始めていた。
 あの瑠璃との会話のあと、瑠璃がすぐに真凛に『こう言っていた』と伝えていたら。ずっと教室にはいなかったもんな、瑠璃も真凛も。
 で、真凛の耳にも入った結果、真凛から『そんなつもりは無かったのに、キモイ』と言われて、せっかく一緒にゲームを作っていたのに、それもおじゃんになって。
 なんてことになったらマジで最悪だ。せめてゲーム作りだけは完成させたい。まずは一人のゲーム好きとしてそれはちゃんとこなしたい。
 そのなんというか、脳内で反芻することも恥ずかしいけども、好きっぽい素振りは一切見せないようにしよう、これはもう絶対だ。心に誓う。
 あの『断る理由は無い』も『俺が人のことフレるようなランクの人間じゃないから断らないだけ』ということにして、そうそう、マジでそうだし、こうすれば納得いく言葉になっているはずだ。
 なんとかゲーム作りだけは続けられるよう、と思ったその時だった。
「夢限、五十三ページの頭から読みなさいって言ってるだろ!」
 あっ、俺、先生から言われていたわ。
 先生は溜息をついてから、
「夢限が授業中に考え事なんて珍しいなぁ」
 と言われてしまい、クラスメイトからは笑い声が。
 つい周りをアホみたいに見渡すと、真凛も笑っていたみたいで、俺に対して笑っていたならまだ好意的ってこと? でもバカにしているという意味でもあるかも、とかまた授業とは無関係な言葉が浮かんでいき、いや今は勉強に集中だと思って、授業のことだけ考えた。
 放課後になると、普通に真凛が俺に近付いてきて、
「じゃあまた巡ろうか!」
 と言ってきて、まだ言いふらされていないようだ、と少し胸をなで下ろした。
 俺と真凛は商店街の服屋へ行った。
 店主の女性はう~んと唸って、あまり感触は良くなさそう。
 店主さんは溜息をついてから、
「ゴメンなさい、わたし、メカが苦手なのよ」
 でも真凛は積極的に、
「アイテムが出るようにしてくれればいいんです! その許可を頂きたいんです!」
「でもメカが分からなくてねぇ」
「拡張現実という機能なんですが、スマホをかざすと現実の世界にテクノロジーを照射して、無いモノを映すことができるんです!」
「ゴメンねぇ、メカが本当に苦手でぇ」
 何だろう、何か説得の仕方が違う感じがするなぁ。
 それ以降、真凛は熱心に拡張現実について説明しているけども、それ以前に、というか、店主さんの言葉を使うならば”メカ”ということに引っ張られ過ぎて、本質を突いていないような。
 店主さんは少しヒステリックに、
「だからメカ分かんないの! ゴメンなさぁい!」
 と声を荒らげたところで、俺はまた『うっ』となってしまった。
 女性のこういう場面は未だに苦手で、トラウマが想起されてしまうんだけども、そんなトラウマに負けてばかりじゃダメだ。
 ちゃんと考えるんだ。どうすればいいのか。もしかすると拡張現実なんて説明要らなくて。本当に必要なのは……。
「すみません、店主さん。この話は店主さんがメカを操作する必要は無いんです」
 すると店主さんは目を皿にして驚いたので、やっぱり根本から勘違いしているんだと分かった。
「ただこの店に立ち寄るとアイテムが出現することを許可して頂ければ、店主さんはメカを操作する必要は御座いません。メカの操作は全てやって来た人が行ないます。それに伴って、この店の実物が無くなることはありません」
 店主さんはアハハと笑うと、
「なんだぁ、わたしがメカを操作する必要無いんですねぇ! それならいいですよぉ! わたし、ほんとメカに疎いから分からなかったぁ!」
「有難うございます。ご協力感謝します」
「じゃあ何でもどうぞぉー」
 そうウフフと笑った店主さんとバイバイした。
 店から出て真凛から、
「そういうことだったんだ……じゃあ拡張現実の説明ってむしろ邪魔だったかも……」
「まあ結果的にはそうだけども、真凛がいっぱい説明してくれたおかげで違和感に気付けました」
「そんなぁ、全部自分の手柄にしていいんだよー」
「そんなしょうもない小学生みたいなことしませんよ」
 と俺が言ったところで、真凛は少し不満げになって、えっ、何だ、俺なんかやってしまったか、と思っていると、
「何かちょっと敬語気味……アタシと夢限は対等でしょ! スペースインベーダーしてきてもいいよ!」
「侵略はしませんし、対等とゲーム会社のタイトーを掛けないでください」
「ほら! 敬語! それやめてよ!」
 何か、敬語になっちゃうな……ちょっとでも悪い印象を持たせたくなくて、何かオートマティックにこうなってるというか。
 でも逆に良くない、慇懃無礼みたいになっているようなので、意識的に敬語をやめよう。
「敬語ジョークみたいなもんだよ」
「ならいいけどさ! 一回言った時点でやめてよ! 距離離れちゃったかもと思って、ちょっと泣いちゃったよ!」
「既に泣いたんだっ」
「第三の眼からザーザーとね」
「厨二病なのにメンタル激弱だ」
 そんな会話をしながら、他のお店も巡って、その日は終了した。
 これは完全にまだ言いふらされていない感じで、良かった。
 このまま瑠璃が黙ってくれるか、どうか、う~ん、釘を刺して置いたほうがいいのかな、でもあえて釘を刺しにいくと『あたしのこと信じていなかったんだ』みたいな感じになって、逆鱗に触れたらヤバイしなぁ、触らぬ神に祟りなしなのかどうか、この辺の判断がしづらい、いやもういいや、言いふらさないと思うしかない。余計なことってして良いことなんて無いから。