・【過ぎていく水曜日】


 朝、登校してくると、俺を見つけるなりすぐさま瑠璃が近付いてきて、こう言った。
「昨日、大丈夫だったっ?」
 多分真凛の兄の一閃さんと会話できたかどうかを聞いてきているんだろうけども、俺はそれよりも『真凛のこと異性として好きなのか』と問われたことを思い出してしまい、トラウマとは別で『うっ』となっていると、瑠璃は心配そうに、
「やっぱ真凛兄はキツかったか……」
 と残念そうな顔をしたので、いやそこは違うと思って、
「いやいや、一閃さんとは普通に会話できたよ。そこは大丈夫」
 と”そこは大丈夫”と言ってしまったことに、ちょっとヤバイかな、ここほじくられたら次はどう言おうと思っていると、瑠璃は胸をなで下ろして、
「夢限すげぇー」
 と感嘆の息を漏らして、この部分の会話は終わったので助かった。
 瑠璃は何故か嬉しそうに拳を振りながら、
「真凛兄と会話できるなんて大人過ぎるじゃん!」
 と喋ると、昇介も近付いてきて、
「いや夢限にダルイジリすなよ」
 すると瑠璃は少しムッとしてから、
「ガチのリスペクトだし! あんな人間と会話できるなんて!」
 と声を荒らげたところで、真凛も苦笑いしながら寄ってきて、
「別にそこまでヤバイ人間とかじゃないんだけどねぇ」
 と言って瑠璃もさすがに落ち着いたように黙った。
 まあ俺がもう少し誤解を解いておかないとと思って、
「一閃さんは忙しい人でさ、多分そういうことにリソース割くことが苦手なだけで、話してみると本当に良い人だよ」
 と言っておくと、瑠璃はまた目を輝かせて、
「すげぇ! 夢限大人過ぎる!」
 と言って、また昇介が同じようにツッコむかなと思っていると、
「確かに夢限はすげぇけどさ」
 と肯定するようなことを言ってきて、何かちょっと俺は照れてしまっていると、真凛が、
「まあ優しく接するとかは苦手かもね、忙しいのは忙しいし。でも夢限が分かってくれてるだけできっとお兄ちゃんも良いと思う!」
 俺は思ったことをそのまま言う感じで、
「一番は真凛が分かっていればいいんじゃないかな、このゲーム作りも一閃さんの助けあってで、それを一番支えてるのは真凛で」
 すると真凛は嬉しそうに笑ってから、
「確かに! 夢限は大人だね!」
 と言われてしまい、何かもうと思って吹き出してしまうと、四人で笑い合った。
 こんな時間がずっと続けばいいのになと月並みだけども思ってしまった。
 授業からの昼休みも四人でずっと会話して、放課後は久しぶりに真凛と商店街のほうへ許可取りしに行くことにした。
 まずは人気の味噌ラーメンのお店。
 チラシの効果もあり、すんなり話を受け入れてくれたんだけども、大変なのはそこからだった。
 店主さんは熱心に、
「何かさ! 注文するラーメンごとにもらえるアイテムが変わるってどうかな!」
 と提案されてしまい、正直このRPGは全体通してタダで遊べるようにしたかったので、ラーメンを課金しないといけない方針にはしたくなくて。
 でも店主さんは味噌はこうで、赤味噌は別にこうで、色彩で判別できるようにすれば写真を撮ったらアイテムが変わるということもできるはずだ、とか。
 俺はどう言えばいいか迷っていると、真凛が、
「すみません! こう、なんというか、RPG自体は課金ナシで遊べるようにしたいんで、ラーメンによって変えるとかはできないです!」
 すると店主さんがちょっと不快感を露わにしてから、
「それじゃあこっちにも旨味というものが無いじゃないかぁ、こういうのはwin―winじゃないとダメでしょぉ?」
 この言い方が何か喋りづらさを助長していて、俺はつい俯いてしまうと、真凛が俺のほうを見てから、
「じゃじゃ! ちょっと作戦会議ってことで!」
 と俺の肩を掴んで、一緒に外へ出ようとすると、店主さんが、
「いやいや! ラーメンの課金くらいいいでしょ! 何ならQRコードとかも出すから! そうすれば技術的にも簡単でしょ!」
 真凛は明らかに困っている、店主さんの言い分には勿論俺の不甲斐なさにもきっと困惑している。
 でもなんというか、この店主さんの押しの強さが苦手というか、何でこんな時に人見知りが今さら出てきてしまっているんだ。
 あんまりこんなこと最近無かったのに、まだまだ自分は不安定なんだなと思った……で、終わらせる気か? 俺は。
 俺だってずっと真凛と一緒に行動してきて、それなりに人と会話できるようになってきたんじゃないか。
 こういう時だって、ある程度は理路整然と脳内で言葉の整理ができるようになったんじゃないか?
 こんな弱々しいところを俺は真凛に見せたくない。もっとちゃんと喋りたいんだ。
 店主さんは続ける。
「何かさぁ、子供の遊びじゃダメなんだよね、結局さぁ。商売ってそういうことじゃないんだよねぇ、町おこしってちょっと遊んでハイ終わりじゃぁないんだよねぇ」
「あの! じゃあ!」
 急に声を出したので、ちょっと大きな声が出てしまったけども、その声に店主さんも驚いたようにしているので、ちょうどいい。
 この流れに乗って喋ろう。
「ゲームクリア後の特典でいろいろコラボしませんか、ここのアイテムを所持した状態でクリアして、それを提示したら、何か特典を付けてもらえるとか。その特典目当てで来る人が少なかったら、ゲームへの参加自体をあとから取り消してもらっても構いませんし」
 店主さんはニヤッと笑ってから、
「それいいねぇ……ちゃんと商売になってるねぇ……じゃあ決まり! それでいこう! ゲーム完成したらクリア後特典の話をまたしに来てよ!」
「はい! 必ず!」
 と俺は答えて、真凛と一緒に外へ出た。
 真凛は大きな溜息をついてから、
「夢限のおかげで助かったぁ」
「いや真凛が俺に考える時間を作ってくれたからだよ」
「それなら良かった!」
 そう真凛が最後に快活に笑ってくれれば、いくらでも頑張れるような気がする。
 じゃあ次は、と思ったところで、真凛のラインに何か連絡が入ったらしく、
「ゴメン! 夢限! 今日はこの辺にしよう!」
 と声を上げた。
「うん、予定できたんならいいよ。ゆっくりやっていけばいいだけだから」
「う! うん!」
 と真凛が言ってから、何だかちょっと元気が無いようで。
 途中まで一緒に帰っていたんだけども、ちょっとずつ真凛の歩幅が小さくなっていって、気付いたら、結構距離が離れていた。
 一体何なんだこの違和感、さっきまでめちゃくちゃ良い感じだったのに、と思っていると、真凛がいつもよりずっと小さな声で、
「じゃっ、この辺で」
 と言ったので、俺は、
「何か言いたいことあったら言っていいよ」
 と思ったことをそのまま言うと、真凛が何故か少し切なそうな顔をしてから、
「こういうの、気付いてくれるんだねっ、さすが夢限だっ」
 と言うと、何か作り笑顔みたいなのにニッと作った。
 何かそれ以上は突っ込めず、バイバイしたけども、いや、気付いてくれるんだねということは何か言いたいことがあったはずなのに、言わないって、俺相当ヤバイことしたのかな? と思ってきて、それをぐるぐる考えだしたら、強烈な鬱を感じてきた。あぁ、そうかそうだよな、俺と真凛は友達になりたててで、まだそんな何か言えるような関係じゃないもんな、何かちょっと最近調子に乗っていたかもしれないわ、そもそも昇介と瑠璃だって真凛と俺が最近仲良くなったから一緒に喋るようになっただけで、本当の友達とかじゃないんだから、そんな調子に乗ってべらべら喋ったらダメだろうし、もっとわきまえないとダメだわ、俺。もっと全然だから、俺はもっともっと全然だから。あーぁ、真凛は本当は何が言いたかったんだろうか、もっと親密だったら話が聞けたのかな?