・【月曜日の輪】


 登校してくると、すぐに昇介に話し掛けられた。
「ゲーム作りやってる?」
「勿論。いろんなところ巡ってるよ。お城跡と神社とかも行ったし」
「おぉ、昔ぃ~」
 という全然捻りの無い言葉につい笑ってしまうと、昇介が、
「まあ今のおれ、センス抜群だったもんな」
 と言うと瑠璃がやって来て、
「いやセンス無さ過ぎて面白かったんだろ」
 すると昇介はムッとしてから、
「そんなことないだろ、昔は事実とセンスの両局面だろ」
「両局面なんて言葉ねぇから」
 俺も何か言ったほうがいいかなと思って、
「両極端を両面テープで合わせたみたいなことだと思ったよ、両局面という言葉は」
 と言うと、昇介はおぉおと唸ってから、
「秀才は言葉の扱いが上手いわ、マジでそれだった」
 瑠璃はハッと笑ってから、
「そんなわけねぇだろ」
 と言って、俺も正直そんなわけないだろうなとは思った。
 そんな会話をしていると、真凛がこっちへ駆け寄ってきて、こう言った。
「それにしても昇介って秀才って言葉好きだよね」
「好きとかじゃなくて夢限のキャラだろ」
「それはまだ夢限歴が浅いね、夢限はゲーム作りの解像度がすごいから」
「そんなこと一緒にゲーム作りしている人にしか分からんだろ」
 と昇介が真っ当なツッコミをすると、瑠璃が、
「というかさぁ、ゲーム作りの話は今はいいじゃん、あたしと昇介が泣くぜ?」
 と流し目で何かカッコつけたので、俺は、
「弱々しさとカッコイイの両立じゃないんだよ」
 とついツッコんでしまうと、瑠璃が吹き出して、
「良いツッコミあざっす」
 と頭を下げた。何故か昇介がちょっと悔しそうにしていた。
 何か、名指しじゃなくても普通にツッコミを飛ばせるようになっている自分にビックリする。
 でも何か言わないと、失礼というか、それこそ瑠璃が言っていたようなことなんだと思う。
 せっかく一緒にいるんだから何か言わないと申し訳無いというか。
 今はまだちょっとだけ、そんな感じなくても良い圧迫感もあるんだけども、でも、それも別に心地が悪いわけじゃなくて。
 ちょっとずつ自分というモノが出せたらいいなとは思っている。
 朝の時間は四人で普通に会話して時間が過ぎていった。
 授業中、そんなこと今まで無かったのに、俺は今回のことが嬉し過ぎて反芻してしまった。
 俺なんかがこんなまともに同級生と会話できるなんて。そのことが本当に胸が躍るというか。
 昼休みになって、四人でお弁当を食べたところで瑠璃がこんなことを言い出した。
「というかさ、その拡張現実ってヤツ、地名でやってるんでしょ?」
 真凛は瑠璃からその話題が出たことが嬉しかったのか、大きな声で、
「はい!」
 と答えると、瑠璃はちょっとヒきながらも、
「じゃあさ、うちらの秋葉高校も何かイベントあったほうが良くね?」
 するとすぐさま昇介が、
「おれ! 運動会やりたい!」
 瑠璃はうんうん頷きながら、
「つーか文化祭も同時にやらなきゃダメっしょ」
 昇介は挙手しながら、
「グラウンドを十周すると最強の武器が手に入るとかな!」
 矢継ぎ早に瑠璃が、
「毎日登校すると経験値が手に入るとかアリじゃね?」
 と言ったところで、俺はまあ全部却下だろうなとは思った。
 何故なら高校は部外者が立ち寄ったらダメな場所なので、ここは何のイベントも作らないべきだな、と思って、タイミングを見計らって言おうと思っていると、真凛が申し訳無さそうにこう言った。
「ゴメン! 高校とか学校関係はイベント作れないんだ!」
 すると昇介と瑠璃が同時に、
「えぇー!」
 と言ってハモった。
 そうか、真凛もちゃんとそう思ったんだと思っていると、真凛が、
「その説明は……夢限に託します! さぁ! アタシの考えが分かるかな!」
 なんとクイズ形式にしてこっちへ渡してきた。
 まあいいか、
「単純に防犯的な理由で関係者以外が立ち寄ってくると困る場所だからイベントは作れない、これで合ってる?」
「正解! やっぱり夢限は頭良いなぁ!」
 と真凛が唸ったところで瑠璃が、
「で、それに気付いた自分も秀才ってこと? やり口ダサくね?」
 昇介もクスクス笑いながら、
「真凛、自分をアゲるために夢限を使うなよっ」
 すると真凛が顔を真っ赤にしながら、
「そういうことじゃなかったのに! アタシが痛いヤツみたいになってる! 夢限、助けて!」
 そう困った表情で俺のほうを見てきたんだけども、俺が声を出すよりも先に昇介が、
「助けてドラえも~ん」
 と何故か水田わさび版でもなく、大山のぶ代版のドラえもんの声でそう言ったので、俺はまずそっちを処理しなければと思って、
「言うのはのび太だから」
 と端的にツッコんでおくと、瑠璃がワッとウケて、この話は流れた。
 真凛もちょっとホッと胸をなで下ろすような顔をしてから、ゲーム作り関係無い音楽の話をし始めた。
 放課後になり、また俺と真凛は候補を巡り始めた。
 今回の候補地は正直俺は知らなかった。
 かなり真凛の肝いりって感じで「ここはいいところ見つけたよ!」と俺に言っていた。
 そこは古びた井戸で、石積みのへりもボロボロになっていたんだけども、穴を見ると、まだ埋まっている感じも無く、底が見えなかった。
「ほらぁ! RPGと言えば隠し場所ってヤツぅ! ここにはすごい武器がありそうじゃぁないっ?」
 だいぶ興奮しているようで、まあロケーション的にも、秘密感があって悪くは無いとは思うんだけども、と思ったところで、また真凛が声を上げた。
「何かもう今にも何か出てきそうな井戸でさ! ここの隠しボスを倒したら強力なアイテムが手に入るみたいなさぁ!」
 でも、でもだ、
「危険じゃない?」
 と俺が声を出すと、真凛は「えぇっ?」と声を出した。
 俺は一応続けることにした。
「だってさ、子供たちがゲームアプリをするとして、こういうところにも何か作ったらさ、人が来ちゃうわけじゃん。そうなった時、子供が羽目を外して井戸とかに落ちちゃったらどうする?」
「いやでも……こういうところにはRPG的なロマンが詰まっていて……」
 わなわな震えているような感じの真凛。
 でもここはやっぱり、
「ナシでいこうよ、単純に危ない。ひとけも少なすぎるし、もっと周りの目がある場所のほうがいい」
 すると真凛は眉毛を八の字にしつつも、決して情けない顔ではなくて、むしろ少し攻撃的に俺のほうをじっと見てから、
「何かさ、夢限ってアタシのこと否定してばっかだよね、人気の神社ではアイテム一つで、ここはナシにまでしちゃってさ……」
 あっ、ヤバイ、と思ったその時だった。
 真凛は不機嫌そうな、否、不機嫌な顔をしてこう叫んだ。
「せっかくいいところ見つけたと思ったのに!」
 『うっ』となった。
 トラウマがまた想起。
 以下同文。久々の以下同文。
 俺はくらくらしてきて、その場にしゃがみ込んでしまうと、真凛が、
「えっ」
 と声を出して後ずさりをした時だった。
 バランスを崩した真凛が後方に倒れそうになって、その真後ろには井戸があって、もしかしたら落ちてしまうかもと思った時、トラウマなんてもう無視して立ち上がって、真凛の腕を引っ張った。
「大丈夫、真凛」
 って言った時に気付いた。
 真凛の顔がこの距離にきているって。
 拳一つ分? というかつい抱き寄せてしまってる?
「あっ! ゴメン!」
 そう言って俺はすぐさま真凛から離れると、真凛が小さな声で、
「ありがと」
 と言って俯いた。
 いやさすがに今のはキモかったかと思って、新しいトラウマ誕生じゃんって思っていると、離れたはずの真凛が俺に抱きついてきて、
「ゴメン、怖かったかも……」
 と言ってきて、俺はどうすればいいか分からず、その場に立ち尽くした。
 せめてこの高鳴っている心臓だけは収まってくれ、あと真凛と胸と胸がくっつかないようになってくれ、と、願った。
 真凛は少し経ってから、俺から離れて、井戸からはもっと離れてから、
「ここナシだね! 危険だもん!」
 とめちゃくちゃデカい声で叫んだ。
 俺ももう今のこの変な、訳分からん雰囲気をかき消すためにデカい声で、
「そう! 危ないよ!」
 と叫ぶと、真凛もまた「危ない!」と叫んで、俺もすぐに「危ない!」と叫んで、危ないとめちゃくちゃ言い合って、この場をあとにした。
 いやぁ、危なかった、何か分からんけども、いろいろ危なかった、俺キモくなかったよな、大丈夫だったよな?
 いやでも何か、最後真凛から俺に近付いて来なかったか? あれ何だったんだ、あのユーモアなんだったんだ、みたいなネタツイ文法を思ってしまった。
 叫び合ったあとは急に俺も真凛も黙ってしまい、何かこのまま黙って帰るのは恥ずかしいというかなんというかなので、俺はふと思ったことを言うことにした。
「この、農道の看板っていっぱいあるよな」
「うん、まあ田舎っぽいところには」
「ここは見晴らしもいいしさ、近くに個人の農産物直売所とか無人販売もあるしさ、ここには何かつけてもいいかもな」
「それいいかも!」
 そう急に目を輝きだした真凛。
 即座に真凛が二の句を発した。
「じゃあさ! 農道の看板にもガチャを設置しないっ? 農道って散歩コースとしても悪くないし、看板の前でガチャが引けるみたいな!」
「それはいい。うん。真凛、それいいよ」
「へへっ、褒められちゃったっ」
 そう笑った真凛が何だかいつもより可愛く見えて、ヤバかった。
 そういう気持ちは抑えようと思っているのに、何でこんな時に思ってしまうのか。
 なんとかその気持ちは制して、二人でアイデアを出し合いながら家路に着いた。
 その別れ際だった。
 真凛はふと思い出したように、こう言った。
「そうだ、夢限。お兄ちゃんがさ、また会いたがってるから明日はアタシの家へレッツゴーだかんね!」
「だかんねて」
 と反射でツッコミつつ、いやいやそれよりもあの辛辣な真凛の兄と会わないといけないなんて、と、急に憂鬱になってきた。
 せっかく楽しくやってきていたのに、ここで大ブレーキというか。
 でも真凛は目を輝かせて、何だか”アタシの家で楽しみだねぇー”というような顔をしている。
 あんまり良くない表情を見せてはいけないと思って、作り笑顔をしたけども、ちゃんと大丈夫だっただろうか。
 真凛の兄、マジで苦手なんだよなぁ……家に戻ったら、脳内はそのことばかりで浮かれた気持ちなんて消え失せていた。それはまあいいんだけどさ。