・【日曜日は通過して月曜日】


 登校してきて、トイレへ行った帰りに、真凛さんと加賀美昇介がちょっとひとけの無い場所で立ち話しているところを見てしまった。
 盗み聞きなんて良くないし、そのまま去ればいいのに、何だか気になってしまい、隠れて聞いてしまうと、加賀美昇介がこんなことを言い出した。
「真凛さぁ、土曜日の時に夢限と一緒に歩いていただろ?」
 俺の話だ! と思って、出していた顔も引っ込めて、息を潜める。
「そうだよ! 一緒にゲームの許可巡りしていたんだ!」
 声からしか様子は分からないが、真凛さんは何だか上機嫌といった感じで喋っている。
 それに対して加賀美昇介は少しだけ息をついてから喋り出した。
「その時にさ、友達として、とはいえ、二人きりの時に好きって言うと男は勘違いするぞ?」
 俺はハッとした。
 あっ、俺今から真凛さんから『それはキモイ』って言われてしまうわ。
 『それはキモイね、勘違いさせないように気を付けなきゃ』とか言われてしまうわ、ヤバイ、傷つくかもしれない……というか何俺はハシャいでいたんだ、真凛さんから大好きとか言われて、勝手に嬉しくなって、勝手に異性的にと勘違いして、こう改めて聞かれたら当然冷静になって俺のことを『キモイ』と言うわけで。あーぁ、もう何で加賀美昇介もそんなこと聞くんだろうか、こんなんブラックボックスでいいじゃん、何で重箱の隅をつつくようなことをするんだ、マジで野次馬根性、最悪。
 すると真凛さんは高らかにこう言った。
「忠告サンキュー! 気を付けるね!」
 そう爽やかに言い切ったあと、足音がこっちに近付いてきて、えっ、えっ、となってるうちに、なんと隠れていた俺と顔が合ってしまったのだ!
「あっ! 夢限くん! 今日もよろしくね!」
 そう挨拶しただけで、真凛さんは颯爽とどこかへ行ってしまった。
 俺は思っていた感じと違って、呆気に取られていると、
「ちょっと」
 という声が聞こえて、えっ、何だろうと思っていると、加賀美昇介が俺の真横に立っていて、
「うわぁっ!」
 とバカみたいに驚いてしまうと、加賀美昇介が申し訳無さそうに、
「もしかすると、聞こえてた?」
 と言ってきて、何かもう気まずい感じなんだけども、ここで嘘つくのも逃げみたいで、というかちょっと、キモイとか言われなかったことに気が大きくなってしまい、
「まあ、うん……」
 と肯定してしまうと、加賀美昇介は謝罪するようなヤツのテンションで、
「ワリィ、悪く言うつもりは無くて、純粋に気になって……アドバイスというかなんというか……」
 とヤンキー風の見た目とは思えないほどの先細りの声でそう言ったので、何か可哀想になってしまい、
「別にいいよ」
 と答えておいた。
 その後、二人で教室に戻るんだけども、俺と加賀美昇介には少し距離があって歩いていて。
 きっとこの距離こそ、今コイツとの俺の距離なんだろうなと思った。
 朝のホームルームも始まり、授業と繋がっていき、あっという間に昼休みになった。
 昼休みになると何事も無かったように、真凛と加賀美昇介と鈴木瑠璃が近寄ってきた。
 まず鈴木瑠璃が、
「二人でゲームの許可巡りとか仲良すぎじゃね? つーか夢限は無理してねぇ? 大丈夫?」
 と言うと、俺よりも先に真凛さんがこう声を荒らげた。
「いや夢限くんはめっちゃちゃんとしてるよ!」
「いやしてるはしてるだろうよ、真凛よりずっと。でもそれが夢限の無理に繋がっていたら大変じゃね?」
 俺も何か言わないとと思って、
「大丈夫だよ、真凛さんが率先して店主さんたちとの会話をしてくれるから」
 鈴木瑠璃は小首を傾げながら、
「そういうことじゃなくて、巡ること自体をっ」
 と言ったところで加賀美昇介が、
「いやでも土曜日の時に見たけども楽しそうだったぞぃ!」
「ならいいけどさぁー、あんま秀才を気苦労させんなよ」
 と鈴木瑠璃が言ったので、
「別に俺、秀才じゃないし。ただのゲーム好きだし、真凛さんと一緒」
 と口走った時に俺はまた『あっ』と思ってしまった。
 真凛さんと一緒とか、ちょっとおこがましかったかなって。
 何か俺と一緒と思われるのはキモくないか? とか思ってしまっていると、
「いいや! アタシのほうがゲーム好き! 夢限くんも相当だけどね!」
 と真凛さんが快活に言うと、加賀美昇介が、
「張り合うなっつってっぇー」
 とめちゃくちゃおもんない言い方・言い回しでツッコんで、何だコイツと思った。
 というか、本当に何だコイツって感じだ。
 あの時、俺は加賀美昇介に『別にいいよ』と言ったけども、何か改めて腹立ってきた。
 結局俺に反論する権利が無いことを向こうは知っているんだろうな、と思えてきて、段々はらわたが煮えくり返してきた。
 急に一気に限界になって、俺は、
「あ、そうだ、今日は図書室行くわ」
 と言いながら立ち上がって、気付いたらその場から逃げていた。本なんて全然読まないのに。
 図書室に来たあとに思った。
 こうやって逃げ出すところ、本当にダサいって。まさしく反論できないヤツって感じで、マジでしょうもない。でもそれが俺なんだな、って認めないといけない部分でもあって。ずっと一人でやってきたら、真凛さんが出現して、その流れで真凛さんの友達がついてきて、急カーブの連続だ。正直脳が追いついていかない。全員どうせ俺のことをポッと出の格下だと思っているだろうし、実際そうだし。でも好きでポッと出になったわけじゃないし、なんてのも脳内の言い訳で、本来人間関係ってこうなのに、俺が面倒クサがってきたせいで、それら全てをひっくるめて、ダサい、俺はダサい、ただそれだけ。
 図書室でスマホの音を消して、コトバシレを始めた俺。
 やっぱりこうやっていることが一番自分に合ってるのかもしれない、と思っていると、隣から、誰か俺に話し掛ける声が聞こえてきた。
「そんなにコトバシレ好きなんだねぇ、でも確かに周回キツいもんね、今回のイベントは」
 声のするほうを見るまでもないくらいに、その声は輝いていて。
 いや輝いて聞こえるのはきっとこっちの気の持ちようで。
 いやでも、
「真凛さん、何でこっちに来たの?」
「だって夢限くんが気になるんだもん」
 そう言って俺の隣に座った真凛さん。
「というか友達のほうは? 友達のこと大切にしなよ」
 と何かこっちに気に掛けてもらってることが申し訳無くて、つい、つっけんどんな言い方で言ってしまった。本当は嬉しいくせに、っていう心もダサいよな。
 すると真凛さんはフフッと笑ってから、こう言った。
「アタシにとっては夢限くんも友達だもんっ」
 あぁ、ダサい、ダサ過ぎる、俺はダサ過ぎるんだ。
 俺は真凛さんからこの言葉を明らかに欲していた。
 それをちゃんと言わせてしまった自分がダサいし、それをちゃんと言ってくれた真凛さんには涙が出そうなほど有難くて。
 もうこれだけで心がジーンとなっていると、真凛さんが俺の目をじっと見てきたので、えっ、何だろうと思っていると、真凛さんは真剣な面持ちでこう言った。
「もしかすると朝の昇介のヤツ、聞こえてたの?」
 どうしよう、盗み聞きされていたことバレてしまうかもしれない。
 でも、こんな俺に対して、真面目な顔を向けてくれた人なんていなかったから、ここで嘘つくのはそれこそダサいと思って、俺はゆっくりと頷いた。
 すると真凛さんは優しく俺の肩を叩きながら、
「アイツはバカだから全然気にする必要無いし、文句あったら言っちゃったほうがいいよっ、そういうのも気にしないし!」
 いや真凛さんの言い分は分かるし、今までの加賀美昇介の人間性を考慮したら、文句があったら言ってもいいのかもしれないけども、そんな反論なんてやっぱり俺にはできない。
 飼い犬というか、俺みたいなもんが噛みついてくるなんて向こうは思っていないだろうし、もしかしたら俺みたいなもんに言われたらプライドがズタズタになって殴ってくるかもしれない。あんなヤンキーみたいな見た目もしているし、他の人にはいいけども、俺には全部ダメというヤツかもしれない。それだけ俺と真凛さん(や鈴木瑠璃)は違うと思うから。
 だからまあ反論なんてできないよなぁ、と思いつつも、
「うん、分かった」
 と分かってるフリをした。
 せっかく真凛さんは真面目に言ってくれているのに、俺はこんな弱い人間で申し訳無いと心の中で謝罪した。
 結局そのあと、俺は一人でコトバシレをして、真凛さんは俺のことを心配そうに見ながらも俺に促されるまま教室へ戻っていった。
 俺が真凛さんへ『向こうも勿論友達でしょ、俺はもう大丈夫だから。ありがとう、真凛さん』と言って。
 さっきと同じように一人でコトバシレをしているのに、何故か一人じゃない気持ちでコトバシレをしていた。
 昼休みも終わりのチャイムが鳴って、授業をこなして、放課後になった。
 じゃあまた今日も真凛さんと一緒に巡るのかなと思っていると、加賀美昇介が手前にいる真凛さんを通過して、俺のほうへやって来た。
 何だか嫌な予感がした。もしかすると、俺が昼休みに教室にいなかった間に何かいろいろこじれていて、俺はこれからめちゃくちゃ怒られるのかなって。
 でも加賀美昇介は本当に申し訳無いというか肩を落とした状態で、
「あの、今日の朝はマジでゴメンな、全然悪気とかなくて、と言っても言い訳みたいか、あういうの、本当におれの悪いところだと思う、野次馬根性というか、マジでダサくて悪かった」
 顔を隠しそうなくらいの勢いで、うなだれながらそう言った加賀美昇介。
 その異変、というか変さに気付いた鈴木瑠璃がこっちへ駆け寄ってきて、
「おい、昇介、何かやっちまったのか?」
 それに対して加賀美昇介は、
「いや、これは一応、おれと夢限の話で……」
「それはテメェだけだろ、テメェが何かミスったんだろ? だから拡散されたくねぇだけだろ、おい、言えよ、言えよ」
「でも……」
 俺は加賀美昇介がまた謝罪してきたことに面喰らったけども、本当にそこまで言ってくるとは思わなかったので、何かもういいか、普通に許せると思ったので、
「いや、もういいんだよ、俺もそんな気にしてないよ」
 と言ったんだけども、鈴木瑠璃は駄々っ子のように、
「いいやこういうのは膿を出し切ったほうがいいんだよっ! 全部言え! 全部言え!」
 と囃し立てたので、加賀美昇介は観念したような顔をしてから、
「えっと、これはだな、簡単に言うと真凛に対してアドバイスとして、二人きりの時に『好き』とか言うと、男は勘違いするもんだから止めたほうがいいぞってアドバイスしたことを夢限に聞かれていたっていう……」
「なるほど、陰口パターンかぁ」
 と納得したような頷いた鈴木瑠璃に、加賀美昇介はとっさに、
「陰口って言うなよ!」
 と驚きながら言ったんだけども、
「いやそれは陰口だろ、勝手に勘違いするとか言ってさ、夢限はそんな勘違いなんてしてねぇのに、マジで昇介は最低だと思うわ」
 と冷たく言い放った鈴木瑠璃。
 鈴木瑠璃はぐちぐち続ける。
「というかさ、別に真凛がどんな言葉使ってもいいし、お節介オジサン過ぎる、そういうのマジでつまんないぞ、あとアドバイスするなら夢限もいるところでやれよ、夢限抜きで言い出したら陰口なんだよな、そういう夢限には陰口言ってもいいと思ってるところがキツイ」
 と言ったところで加賀美昇介が声を荒らげた。
「夢限に陰口言っていいなんて思ってねぇよ! それは違う! 絶対否定する! 撤回しろよ! 今のはぁぁああ!」
 その圧にちょっと押し負けたような顔をした鈴木瑠璃が、
「分かった、ここは言い過ぎだった」
 と言ったところで、真凛さんもカットインしてきて、
「まあまあ、みんな夢限くんのこと悪く思っていないことが分かって幸せ幸せっ」
 と言ったんだけども、加賀美昇介はまだ止まらないといった感じで、
「夢限に陰口言いたいはずねぇだろ! 新しい友達じゃんか! そんな新しく楽しいことが起きるかもしれねぇ芽を潰すわけねぇじゃん! 舐めんなよ! おれの人生楽しみたいという思い舐めんなよ! 秀才の友達、おれ初だからなぁぁああ!」
 すると鈴木瑠璃はちょっと不機嫌そうな顔になってから、
「んなんあたしだって初だわ、秀才の友達。秀才だからこそいろんなこと気に掛けたり、考えたりするから言えなかったりするんだろうがよ、分かれや、それにさぁ、逆に真凛がマジで夢限のこと好きだったらどうすんの?」
 と言った刹那、何か場が凍った。
 加賀美昇介は『あっ』といった表情で、真凛さんは『えっ』といった表情で、言った本人である鈴木瑠璃は『いっ』といったような表情で、俺はきっとそんなはずないと思いつつも、そんな妄想を少ししていた自分への自己嫌悪から『うっ』という顔をしていたかもしれない。
 次の言葉を喋り出したのは鈴木瑠璃だった。
「おっ、おぉ、……ヤバッ、これも違うか……」
 また静まり返った教室。
 他のクラスメイトもいるはずなんだけども、ソイツらも全員静かにしている。
 まあ加賀美昇介と鈴木瑠璃が喧嘩調になっていたから当然だけども。
 ここは誰が何を言ったら、いやもう俺が言おう。
 俺が言うしかないと思う。
 意を決して、
「そんなわけないでしょ、好きなら安易に好きって言わないでしょ。というかあの、マジで加賀美昇介のことは本当にいいからさ、鈴木瑠璃も有難う。そう言ってくれて」
 と言った時に、鈴木瑠璃が不満そうな顔をして、それは明らかに俺に向けられた顔だったので『うっ』となっていると、
「夢限、あたしのことは瑠璃って呼べ。フルネームで言うな。鈴木がダサい」
「鈴木はその、苗字じゃ、ないか……」
 不満そうな圧に蹴落とされそうになりながらも、なんとかそう言うと、
「じゃあこう言う。フルネームは距離がある。そう言えば夢限から今まであんま名前を呼ばれたことなかったような気がするけど、フルネームは違う。瑠璃って呼べ」
「瑠璃、さん……」
「瑠璃! さん付けもいらない!」
 と言ったところで加賀美昇介が、
「じゃあおれも昇介でよろしくなっ……」
 とちょっと照れ臭そうにそう言った。
 すると矢継ぎ早に鈴木、瑠璃が、
「いや加賀美昇介は加賀美昇介でいいわ」
 と言うと加賀美昇介は焦りながら、
「嘘だろ! 瑠璃も遠くなるなよ!」
「いや今回の事件で加賀美昇介は加賀美昇介とする」
「おれは自分の加賀美好きだけども! 遠くなるのは勘弁してくれよ!」
 えっと、もうここはそのまま、言われたことを言わないといけない流れなのかな、と思って、
「えっと、じゃあ、これから改めてよろしくお願いします。瑠璃、昇介」
 と言うと、瑠璃も昇介もジーンと心温まるみたいな表情を同時にしながら、瑠璃が、
「今日完全に友達になれました……初めての秀才の友達です……」
 と言うと昇介も、
「何か、こんな嬉しいんだな……」
 と言って、何なんだコイツらと思ってしまうと、真凛さんが、
「じゃあアタシも真凛! 真凛って呼んで! さん付けいらないから! その代わり、アタシも夢限って呼ぶ!」
 すると瑠璃と昇介がそれぞれ、
「それがいいと思うわ」
「おれらはもう次のステージ進んでんだわ」
 と言ったところで真凛さんが、
「それはズルい! アタシのほうが一番近いのに!」
 一番近いって……まあもういいか、
「じゃあ真凛も、改めてよろしくお願いします」
「何かっ、改めてよろしく願いしますって言われると、こう、ハートがドキドキするねっ」
 と真凛もまたジーンとした顔をした。
 すると瑠璃が、
「それな」
 と言ったところで真凛が、
「というかアタシたちも言わないとだよ! 夢限! こっちも改めてよろしくね!」
 と言ったところで瑠璃が何か我先にといった感じで、
「そうだよ! あたしも改めてよろしくな!」
 と言った直後に昇介が、
「おれだって改めてよろしくだって思ってるわ!」
 と叫んで、何か、俺は一応心温まるみたいなポーズ(胸に手を当てるヤツ)をやると、三人ともめちゃくちゃ嬉しそうな顔をした。
 そんな感じで昇介との間であったやり取りは終わった。
 というか、自分に周りが(瑠璃が)味方してくれたことがすごく嬉しかった。
 正直”そんな小さいことで”とか俺が言われるんだろうなと思っていたので、こうなるとは全然思っていなかった。
 まあなんというか雨降って地固まるというか、あの二人とも距離が近くなってしまった。いやなっていいんだ、真凛とばかり依存しちゃダメだからな……というかまだちょっと慣れないな、呼び捨ての感じ、まだ心の中だけの段階なのに、全然慣れない。まあでも少しずつやっていくしかないんだろうな。少しずつ、少しずつ、種に水をやるように。
 というわけで昇介と瑠璃とは別れて、俺と真凛で、まずはお城跡に行くことにした。
 お城跡の管理者は町がやっているので、ここは何の許可を取る必要は無い。
 今やって来たのは本当に実地調査といった感じで、ここで何をするか考えるということだ。
 俺は真凛さ、真凛へ、
「お城跡ということだから武器じゃなくてボスってことだよな」
 と言うと、真凛は笑顔で、
「そういうことになるね!」
「じゃあ別に何か凝る必要無いんじゃないか、わざわざ来る必要も無いというか」
「でもお城跡って、この町にとって大きな観光資産でしょ? 何か特別なことできたらいいかなって思うんだっ」
 そう言って無邪気に手を広げた真凛。俺は少し悩んでから、
「じゃあボスを複数体出すとか?」
「そうそう! そんな感じだと面白いかも!」
「ならばさ、ここのボスだけは順番に倒さないといけないみたいな、お城っぽいボスがいいかもな。弱い順に闘うと倒しやすいというか」
 と俺が言うと、真凛はうんうん頷いて、
「すごい! 絶対それがいいよ!」
 と俺を指差した。
 いちいち陽キャなアクションだなと思いつつ、
「ということは実地調査も大切だけども、さすがにここは町のホームページを見て、史実を学ばないとダメだなぁ」
「じゃあパンフレットもらって帰ろうよっ」
「確かに。それはいいかもな」
 俺と真凛はパンフレットを持ち帰り、時間もまだあるので、また別の場所へ行くことにした。
 こちらも観光地として有名な、大きめの神社だ。
 お城と神社はセットのようになって近くにあるので、移動が楽だった。
 真凛はたくさんある社を回りながら「ここにはこの武器で、ここにはこういうアイテムで、ここには経験値がたくさん手に入るクエストがあって」とか言っていたんだけども、俺はでも正直どうかなとは思っていた。
 何故なら、ここはこんなゲームアプリが無くても人が来るようなところで、こう、平日の夕方でも参拝客は多い。
 それならばあえてここにはそんな重要じゃないアイテム一つだけでもいいような気がする。
 いやまあこのゲームアプリがどこまで客引きになるかは分からないんだけども、だからってそんなたいしたもんじゃないと思ってゲーム作りすることは精神衛生上良くないので、ある程度効果があるとみなした場合、元々多く人が集まるところに仕掛けをたくさん作る理由って実は無いんじゃないかな?
 ……ってことを言ってもいいのだろうか、真凛は嬉しそうに仕掛けを語っているけども、これを言ったらちょっと険悪になってしまうかもしれない。その時にあの女子の不機嫌顔が見えてしまったら、俺はまたトラウマが発動してしまうかもしれない。
 どうしようか迷っていると、真凛が俺の顔を見ながら、
「どうしたの? ちょっと気分が悪い感じ? ここ人多いもんね、人疲れしちゃうかもね、ベンチ座ってて!」
 そう言って近くにあったベンチに促された俺。
 俺は「あっ、いや」と言ったんだけども真凛はさっさと自販機のほうへ走っていき、もう飲み物を選んでいるので、俺は黙ってベンチに座った。
 さぁ、言うか言わないか、このまま言わないなら簡単だ。真凛の言うことを肯定していれば、それでいいし、それでもいいと思う。
 別にいろんな仕掛けがあったって悪いわけじゃない。
 でも何か、ここにそんなリソース詰めてもなぁ、とは思ってしまう。
 それならばもっといろんなところにいろんなことを詰めたほうが面白いような気がする。
 真凛が俺へ、
「ポカリスエットで良かったよね?」
 と言ったところで、俺は意を決して言うことにした。
「あのさ、ここはアイテム一つくらいにしないかな?」
「えっ? 何で! こんないろいろイベント甲斐があるのに!」
 不満というよりは驚いているといった表情なので、俺はつらつらと言葉が出てきた。
 さっき思っていたことをそのまま伝えると、
「確かに……元々人気の場所をたくさん宣伝する必要は無いかもね……そんなこと考えなかった……やっぱり夢限がいると全然ゲームの解像度が違う……」
「いやいや、それをやりたいならそれを通してもらってもいいんだけどもさ。これはあくまで俺の意見ね」
「いやでも夢限の意見はすごく重要だから、もっと何か言いたいことがあったら言ってよ!」
 そう真っ直ぐな瞳を俺に向けた真凛へ俺はもう少し言い足すことにした。
「滞在し過ぎると他の参拝客の迷惑になるんじゃないかなとは思って。それよりも、もっと誰も知らないところに滞在してほしいというか」
「そうだね! アタシもそう思う! でもこれだけは言わせて!」
 真凛は俺のことをじっと見てきて、何だろうと思っていると、
「ちゃんと真凛って呼んで! さん付け止めてから全然名前呼んでくれないじゃん!」
 そう少し不満げな顔をしてきて、少し『うっ』となりそうになったけども、いやでもこれならすぐに言い返せると思って、
「何か、恥ずかしくてさ」
 と答えた。
 恥ずかしい、何か知らんけども恥ずかしいのだ。実際言わないような言い回しをずっとしていたし、それがバレていたことも恥ずかしいし。つまるところ全部恥ずかしい。
 すると真凛はニヤニヤしながら、
「別に名前を呼ぶが恥ずかしいとかないでしょっ」
 と言ったんだけども、でも何か名前を呼ぶって俺にとっては結構ハードルの高いことで。
 俺なんかが名前で呼んでもいいのかみたいな問題が頭の中に浮かんできて、なんて説明できないし、する気もないし、じゃあもうここは、と思って、
「あんまニヤニヤしないでほしい、真凛」
 と言っておくと急に顔を真っ赤にした真凛が、
「そうでしょ!」
 と意味の分からん返しをしてきて、何だか笑ってしまった。
 真凛の顔が赤くなった理由もよく分からんし。
 吹き出してしまっていると、
「日本語のミスを笑うのはダメだよ! 意図的じゃないから!」
「いや俺は意図的だと思ったんだけどな」
「じゃあそれ! 採用!」
「採用って神社のアイデアの話?」
「両方! ダブルミーニングです!」
 何か妙にデカい声で、俺はめちゃくちゃ笑ってしまった。
 真凛も一緒になって笑って、何だかすごく楽しかった思い出として今、胸に刻まれている。
 家へ帰ってからも何か反芻してしまう。
 いいのかな、こんな楽しい生活していて、俺みたいなもんが、とか思ってしまう。
 自分からは何もしていないから、そういう申し訳無さはあるけども、今はゲーム作りに真面目に取り組もう。