・【まわり始める金曜日】


 教室に着くと、もう真凛さんや加賀美昇介、鈴木瑠璃がいて、加賀美昇介が俺に向かって、
「おー」
 と手を挙げたので、何か反応しないとな、と思って会釈すると、鈴木瑠璃が、
「真面目かよ」
 と言って笑った。
 この笑うという行為も、昨日までの俺なら馬鹿にされたと思っていただろうけども、今の俺にとっては嬉しい行為になっていた。
 ちょっとでも俺のやることなすことで笑ってくれたら心が踊って。何でもうこうなってるのかは訳分かんないけども。
 俺が席に着くと、すぐさま真凛さんがこっちへ来て、それに合わせて加賀美昇介も鈴木瑠璃も移動して、何かヌーの大移動みたいで面白かった。
 真凛さんは隣の席に着くなり、
「じゃあ早速、今日は細かい設定を練っていって、あと放課後はついに商店街を巡る! これでいこう!」
 すると俺が喋るよりも先に加賀美昇介が、
「それっておれもついていっていいの?」
 と言うと矢継ぎ早に鈴木瑠璃が、
「ダメに決まってるだろ、さすがに邪魔になるだろ。特にこのナリの二人はよぉ」
 と言うと自分の金髪ソフトリーゼントの頭を触った加賀美昇介。
 鈴木瑠璃も自分の黄緑色の髪をなびかせて、
「ここは普通の二人が普通にやっていくことが一番良いだろ」
 と言うと真凛さんはうんうん頷いてから、
「確かにそうかもねぇ、じゃあそうする! 放課後は夢限くんと二人きりだね!」
 と言って、その、二人きりという言葉に一瞬ドギマギしてしまった。
 いや別に、家でゲームした時とかもそうなわけだから、このことを意識してもとは思うけども、改めて言われると何かちょっと違うというか、なんというか。
 いやそんな気持ちの反芻じゃなくて、
「じゃあまず出すキャラクターを決めていくか、やっぱり勇者と魔法使いと格闘家ってところだよな、属性的にも」
 すると真凛さんが、
「えっとぉ、あとは神官でしょー、遊び人とかもいいかも! 賢者も欲しいところだよねぇ!」
 と言ったところで鈴木瑠璃が、
「あんま特殊なヤツは分かんねぇなぁ」
 それに対して加賀美昇介が、
「いやゲームっていろいろあるんだから、いっぱいあったほうがいいんじゃねぇの? 知らんけど」
 俺は少し唸ってから、
「いや、そんな馴染みの無い人もやるだろうから、俺はさっき俺が言った三種類だけの三すくみのほうがいいと思う。勇者は格闘家に強くて、格闘家は魔法使いに強くて、魔法使いは勇者に強いみたいな。分かりやすいように、勇者は拳がグーで、格闘家は常にピースしていて、魔法使いは杖持って片方の手は広げているみたいな」
 鈴木瑠璃はほほうという顔をしてから、
「確かに! それだと何かよく分かんなくても分かりやすいなぁ! 夢限めっちゃいいじゃん! それに比べて真凛はさぁ……」
 そう言って溜息をつくと、ムッとした表情をした真凛さん。
 一瞬俺が『うっ』となってしまったけども、これは鈴木瑠璃に対して出した顔で、って自分に言い訳というか事実を言い聞かせて落ち着かせた。
 加賀美昇介は挙手しながら、
「キャラって選べるのか! おれは魔法使いがいい!」
 すると即座に鈴木瑠璃が、
「えっ、意外、脳筋の格闘家じゃねぇの?」
「おれはそんなマッチョイズムじゃねぇ!」
「マッチョイズムって、イズム付けたらちょっと意味変わるだろ」
「変わんねぇよ!」
「変わるって、思想的なほうへいくから」
 いやそんな加賀美昇介と鈴木瑠璃の会話はどうでも良くて。
 俺は真凛さんへ、
「まあ自分で選べるほうがいいかな、で、友達と一緒にやると、その友達も自分のパーティに入れることができるみたいな。最初から得って感じで」
 真凛さんはポンと手を叩いてから、
「それいいねぇ! みんなと一緒にやってもらいたいもんねぇ! 全体的に同期させたりして!」
「一人でやっていてもガチャでキャラクターを得ることができるようにしてさ」
「ガチャ!」
 急にデカい声で叫んだ加賀美昇介はみるみるうちに青ざめていった。
 いや、ガチャに対して苦い思い出がある、じゃぁないんだよ。
 真凛さんは小首を傾げながら、
「でもガチャって課金? 課金はあんまり入れたくないかも……町おこしの一環だし……」
「だから歩数というか経験値でついでにガチャが引けるようになればいいじゃん、そうすれば歩くことがなお楽しくなるじゃん」
「確かに! それがいい! 夢限くんってポンポンアイデアが出るね! 大好き!」
 すると加賀美昇介がチャラいヤツみたいに、
「ポンポンポーン」
 と言うと、すぐさま鈴木瑠璃が、
「昇介はアンポンターン」
 と言って笑った。
 加賀美昇介は不満そうな顔をしてから、
「いや今の速度はすごかっただろ、なぁ、夢限」
 と俺を名指しで振ってきたので、これには反応しないとと思って、
「何にも付随していない速さだったけども」
 と言うと鈴木瑠璃は吹き出して笑って、加賀美昇介はキョトン顔。
 でもウケたという事実だけ掬い取って、何か嬉しそうにした。
 多分付随の意味が分かっていなかったんだと思う。
 いや加賀美昇介の解剖学はいいとして、
「で、武器は同じ場所やアイテムでレベル上げできるようになったらいいかも。その間に〇〇歩進むと、またドロップされるみたいな」
「そっか、それは本当にいいかもっ。場所によって武器の良し悪しを変えるのってどうかなって思っていたけども武器がレベルアップするならいいね」
「基本的に武器の性能に違いがあんまり出ないようにしてさ、低い確率で会心の一撃が出るとか、高い確率で威力が高くなるけどもその一発はそれほどでもないとか、自分のプレースタイルによって変えるみたいなイメージで、完全の上位互換とかは出さないほうがその武器を出す店屋さんとかへの配慮的に良いと思う」
「何かどんどんイメージが固まっていく……やっぱり夢限くんで良かったよ! 本当に良かったよ!」
 と言うと、何故か心温まるといった表情をした加賀美昇介と鈴木瑠璃。
 鈴木瑠璃は真凛さんの肩を優しく叩きながら、
「見つかって、良かったなぁ」
 と師匠みたいなツラして、ちょっと吹き出しそうになってしまった。
 まあそんなことより、
「あとは一日クリアモードとじっくりクリアモードがあって、互換性もあって、切り替えが可能とかな。誰をターゲットにするか問題もあるし。観光客なのか、住民なのか、近くに住んでいる人なのか、まあそれもそうやって互換性があれば好きにできるかなって」
「すごい! すごい!」
 と真凛さんが言ったところで、鈴木瑠璃が、
「真凛、オマエ相槌打ってるだけじゃね?」
 と言って加賀美昇介も、
「おれと瑠璃と変わんないじゃん」
 と言ったところで、真凛さんは顔を真っ赤にして、
「アタシは理解担当! ね! 夢限くん!」
 と俺を名指しで、目線も振ってきたので、
「まあ真凛さんがいろいろ分かってくれるから安心感があるかもな」
 と正直に答えておくと、真凛さんは何だか自慢げに仰け反ったところで、加賀美昇介と鈴木瑠璃が爆笑した。
 何かこうやって、同級生と席を囲んでいるって不思議だな、と、ふと思った。
 朝の時間も終わり、ホームルーム、授業、移動教室、昼休みになったらまた真凛さんと加賀美昇介と鈴木瑠璃が来て、会話して、放課後になったところで、ついに、といった感じに、
「交渉はアタシに任せて! べしゃりはたつんじゃぁ~!」
 と何故かジジイみたいなイントネーションで叫んだ真凛さん。
 加賀美昇介と鈴木瑠璃はそれぞれ、
「じゃあ頑張るんじゃぁ~」
「無理するんじゃないぞぉ~い」
 と何故か全員ジジイみたいな声と台詞で吹き出しそうになってしまった。
 俺と真凛さんは二人でまず巡りたいところを吟味してから、商店街へ繰り出した。
 最初は八百屋さん、だったんだけども、八百屋さんはチラシのことも理解してくれていたけども、今日は忙しいからゴメンと言われてしまった。
 でもちゃんとゴメンと言ったり、少し取り合ってくれたことが嬉しかった。
 ちゃんとチラシの効果も実感して、俺と真凛さんの心は全然折れていない。
 むしろ軽やかに、
「じゃあ次はお肉屋さんに行こうか!」
 と真凛さんが元気に手を挙げたので、俺も何か言わないとダメかなと思って、
「おー」
 と小さい声ながら上げると、真凛さんは俺のほうを振り向いて、
「声小さいよっ、可愛いんだからっ」
 と笑って、可愛いのはどっちだよと思ってしまったところで、そういう意識の仕方はキモイなと思って、このゲーム作りに集中することにした。
 お肉屋さんに着き、真凛さんは奥にいた店主さんに声を掛けた。
「すみません、町おこしのチラシの者です」
 すると店主のおじさんはズンズンこっちへ向かって歩いてきたところで、真凛さんがさらに、
「是非このお肉屋さんにゲームの武器が出現してもいいようにしてほしいんですが、よろしいでしょうか」
 店主のおじさんは俺と真凛さんを交互に舐めるように見てから、
「まさかカップルでやっているなんてね、カップルなら他にやることあるんじゃないのぉ?」
 その下ネタ感に背筋がゾゾッとした。
 本当はこんなヤツと会話するのは男の俺のほうがいいんだけども、こういう大人の喋りというかなんというか、そういうのが俺は苦手で縮こまってしまった。
 対する真凛さんはハキハキと、
「カップルではありませんよっ、友達同士です!」
「今の子は友達同士でもキスくらいするんだろ?」
「そんなことはしませんが、とにかくゲームの武器の出現を許可してもらえないでしょうか?」
「あぁ、そんなんは別にいいけどもさ、カップルなら肉食えよ! つーか舐め合うって感じ?」
 と言ってケラケラ笑ったお肉屋さんの店主。
 俺は何も言えずに俯いていると、真凛さんが俺の服の袖を掴んで、
「じゃあ許可を頂けたということで、有難うございましたっ!」
 と頭を下げて、俺を引っ張ってお肉屋さんから出ていった。
 俺は何もできなかった不甲斐なさで頭がおかしくなりそうになっていると、真凛さんが、
「大丈夫! 大丈夫! 適材適所!」
 そう励ましてくれたことも何か情けなくて。
 何で俺は大人とも会話できないんだろうか。やっぱり苦手というかあのトラウマも関わってるんだろうな。
 あの時、先生は一切俺たちの話を聞かないで、結局置き去りにするという決断をした。
 その置き去りという方法を選んだ先生のことが俺は怖くなってしまったのだ。
 普通そのなんだ、こらしめたら最後は許して、一緒にバスに乗せるべきだろうと思ったんだけども、そのまま置き去りにした時の、窓からの先生の言葉が忘れられない。
「オマエたちのせいだからな!」
 言葉としては普通かもしれないけども、そんな情けも無いような言葉を掛けられて、俺は完全に大人が怖くなってしまった。
 だから詰まるところ、俺の勉強ができるところって大人から(先生から)文句を言われないようにするための方法で。
 俺は別に真面目なんじゃない、大人が怖いだけなんだ。
 それが今回露呈してしまって、
「真凛さん、ゴメンなさい……」
 と先細りの声でそう言うと、真凛さんは俺の背中を強めに叩いて、
「得手不得手ってあるし! アタシに見せ場ちょうだいよ!」
 と言って快活に笑った。
 あぁ、違うのかもしれない、真凛さんはもしかしたら、あの時の、俺のトラウマの女子とは違うのかもしれない。
 言いたいことはしっかり主張してくれて、こっちの意見もちゃんと聞いてくれて、ただ駄々をこねるだけじゃなくて、急にキレる感じじゃなくて、温厚で優しくて、俺のことも考えてくれるような。じゃあ俺は? 俺は真凛さんのことをちゃんと考えているか? 俺だって真凛さんの助けになりたい。何ができるかはまだ分からないけども、俺だっていつかちゃんと真凛さんの役に立つんだ、そう思って、
「真凛さん、よろしくねっ」
 とつい声が出てしまうと、真凛さんはサムズアップしながら、
「こっちこそね!」
 と言って何か笑い合ってしまった。
 大丈夫、きっと大丈夫なはずだから。
 次は本屋さんへ行くことにした。
「……というスマホゲームなんですけども、この本屋さんでも武器やアイテムが手に入るようにしたいんです! お願いします!」
 そう真凛さんが店主さんに頭を下げたのだが、店主さんは怪訝な表情をしてから、
「あんまりね、不特定多数にただ出入りされるとね、万引きの疑いとかも出てきて大変なんだけどなぁ……」
 真凛さんはう~んと唸ってしまった。
 俺は一個、案があるかもしれない。
 でも何か、それを簡単に否定されたら、立ち直れないかもしれない、そんなことを考えてしまって、言葉が出てこない。
 店主さんはさらに、
「本屋内のどこでもってなると、突然来た客に万引きされても気付かないんだよねぇ」
 真凛さんは困った表情で目が泳いでしまっている。
 俺も何か俯いてしまうと、店主さんから、
「まあ今は暇だからいいけども、言うことが無くなったら帰ってよ」
 と言われてしまい、俺と真凛さんはすごすごと退店した。
 真凛さんはちょっと落ち込んでいるようで、本屋さんの前で呆然としている。
 俺は、案が、無いわけじゃないけども、その瞬間に言えなかったことを二人きりになってから真凛さんに言うってカッコ悪くないか? いやそんな俺の体裁なんてどうでもいいのかもしれない。それよりも真凛さんのやりたいことを応援する。それが一番なのではないか。じゃああの、今から言うのはカッコ悪いけども、そんなもんはもう吐き捨てるとして、
「真凛さん、俺に一つ案があります」
「今浮かんだってことっ?」
 と嬉しそうな顔をした真凛さん。
 本当は今浮かんだわけじゃないけども、まあそうということにして、
「まず立ち寄ってもらうことが宣伝にも繋がるとプレゼンしましょう」
「確かに、それはアタシもそう思っていたんだけども、万引き万引き言われちゃうと……」
「そのことに関してはGPSと強めに連動させて、本屋さんのレジ前でしかアイテムが手に入らないことにすれば、大丈夫なはずです。それかレジ前に置いたQRコードを読み取って手に入れるとか、そういう工夫があれば場所を限定できます」
「そっか! 場所を強く限定しちゃえばいいんだ!」
 その結果、店主さんも納得してくれて、本屋さんにアイテムを置くことが可能になった。
 退店するなり、真凛さんが俺へ、
「夢限くんのおかげでできた! 本当にすごいよ! 有難う!」
 と言ったんだけども、ここは、と思って、
「というか二人で作っているんだから、どっちのおかげとか無いし、真凛さんが喋ってくれるおかげで形になってるわけだから」
 と言い切ると、真凛さんは満面の笑みで、
「本当に有難う!」
 と言ってくれて、何だかすごく胸が躍った。
 そろそろ夕暮れが近付いてきたところで、明日は土曜日ということで、土曜日も一緒に回らないかと言われて、もうまあいいか、乗りかかった舟だし最後まで徹底的にやるか、と思って、明日の約束もした。