・【別にそれでいい】


 別にそれでいい、って思っているはずなのに、脳内には言葉が溢れていく。俺以外の男子たちがバスケグループとサッカーグループに分かれて、昼休みにどっかへ行く。どっかってのは場所を知らんというわけじゃなくて、なんつーか心というか、心じゃないか、何かキモくなってんな、いやまあいい、教室に俺以外の男子はあと二,三人か。そいつらもたまに教室から出て、どこへ行くかはマジで分からない。もしかしたら他クラスの友達へ会いに行くのかもしれない。俺にはこの高校に友達なんて、否、中学時代に遡ってもあの時点で友達というものはいなくなった。ずっと一人、ずっと一人。別にそれでいいって何回この言葉を噛んでいるか分からない。もうとっくに味のしないガム。飲み込めるならいっそのこと飲み込みたいが、これが無くなったらどうなってしまうのかと思ってしまい、ずっと保持している状態。
 スマホゲームのコトバシレ、俺が一番遊んでいるスマホゲームだ。
 言葉を組み合わせて大連鎖を狙う、パズルとRPG要素が融合したアプリゲーム、なんて、誰に脳内で説明しているんだ、さっきから。こんな妄想をしてしまう度に、俺は誰かに何かを説明したいんだなと思ってしまう。でもそんなことをする相手なんてどこにもいなくて。俺はずっと脳内で独り言を喋っているだけだ。誰にも聞こえないでほしい。いいや、誰かに聞こえていてほしい。どうかクラスメイトにエスパーがいれば、って、そんなエスパーがいたら俺のことなんて気味が悪くて、絶対会話しないだろう。俺だって最初は一人じゃなかった。でもあんなことがあって、それがトラウマになって、もうダメかもしれない。社会不適合者なのかもしれない。高校ではスマホゲームに依存して、忙しいぶってる。何かしている人ぶっている。本当は別にしなくてもいいのに。いや実際楽しい。コトバシレは家でも普通にするくらい好きだけども、でも高校まで来てしたいかというと、そうでもない。高校では高校でしかできないことをしたほうが本当は良い。そんなことは分かっている。バカじゃない。でも何もできない人間は結局バカなのかもしれない。なんて、ずっと脳内でぐるぐる考えて勝手に鬱になっている。
 はーぁ。
 溜息も脳内だ。声を出す勇気は呼吸音すらない。無でなければならない、無でなければならないっていつから考えてる? 目を開けているだけで怖いことがある。こっち見てんじゃねぇ、という視線を感じる時がある。ただ目を開いていただけなのに、ただただどこかを見ていただけなのに、向こうが勝手に俺の視界に入ってきただけなのに、振り返ってこっち見てんじゃねぇって顔をして、いなくなる。俺は目を開けているだけでも邪魔か? 邪魔なんだろうな。だから俺は下を向いてスマホゲームをしている。誰とも目が合わないように。
「それコトバシレ?」
 最初、俺が何か言われているとは思わず、ずっと下を向いていたんだけども、
「石破夢限(いしば・むげん)くん、それってコトバシレ?」
 石破夢限くんって完全に俺のフルネームだ。
 そう思って顔を上げると、そこにはクラスメイトの天満真凛(てんま・まりん)が俺のほうを眺めて立っていた。
 すると天満真凛の友達だと思われる・加賀美昇介(かがみ・しょうすけ)が、
「いや石破に急に絡むなよ、困ってるだろ」
 その”困ってるだろ”と勝手に気持ちをカテゴライズされることが一番嫌なことなんだけども、困っていると言えば確かに困ってる。
 俺は何がどうなんだと思って、あわあわしていると、天満真凛が、
「アタシもコトバシレ好きなんだよね! 石破夢限くんの好きなキャラクターは誰っ?」
 まさかコトバシレのことを知っているクラスメイトがいるなんて。まあある程度人気のゲームだから知られていても可能性として普通にありえるけども。
 好きなキャラクター、千里眼のミコトだけども、あれ巨乳の女性キャラクターで言いづらいから、えっと、と考えているうちに、加賀美昇介が、
「キャラクターとかあんのかよ」
 と笑って、天満真凛が矢継ぎ早に、
「ゲームはキャラクターあるよ!」
「そういうヤツより、ゲーセンのレースのほうが楽しくね?」
「キャラクターもいいもんだよ! 多種多様な口調に特徴的な見た目! RPGの醍醐味だよっ!」
「真凛はホントゲーム好きだよな、女子のくせに」
「あっ! ジェンダー差別! なまはげに狩られるよ!」
「なまはげってそういうもんじゃねぇだろ」
 もう俺関係無く会話しているので、もういいんだな、と思って、俺はまたコトバシレの続きをし始めた。
 すると天満真凛はちょっとこちらを見て、少し不満そうな顔をしてから、すぐに加賀美昇介のほうへ駆け寄っていった。
 あの不満そうな表情を見た時、一瞬心が『うっ』となった。またあのトラウマが脳内に駆け巡りそうでヤバかった。あのことはもう考えるな、と思ってもすぐに思い出してしまう自分が嫌だ。また憂鬱な心が脳内に広がってきた。あぁ、嫌だ嫌だ、何回フラッシュバックするんだ、マジで女子は俺に話し掛けて来ないでほしい。そもそも何で天満真凛は俺に何か話し掛けてきたんだ? そういう陽キャの気まぐれ、マジで嫌だ。陽キャのなんとなく、そして陰キャに話し掛けたことにより生じる陽キャ同士のウケのダシに使わないでほしい。