翌日、僕は早くに準備を済ませて、家を出ていた。自分に釣り合っていない気がして、いつもはあまり着ない格好良い服をクローゼットから引っ張り出し、お気に入りの靴を履いている。
目的地は、気になっていた苺のパフェのお店。実は、僕は甘いものが大好きだ。しかし、可愛いお店なので、一人で行くことに気後れしていた。
一葉は僕の恩人で、きっとお礼をどれだけ言っても足りない。それでも今僕が出来ることは、一葉がくれたこの天国というあまりに不思議な時間を、一葉がいない時でもちゃんと楽しむことだろう。
目的のお店に着くと、想像よりも可愛い店内だった。女の子ばかりで、みんな楽しそうに過ごしている。
「見て……!男の子が一人で来てるよ。可愛い〜」
二人組の女の子達が小声でそう言っているのが聞こえたが、気にしない。だって僕はもう死んでいるはずで、もうこの時間はただのプラスアルファなんだから。
それでも不思議なもので、すぐにその女の子達もパフェを美味しそうに食べている。
「そっか。みんな、自分の時間を楽しむことに全力なんだ……」
あーあ、今まで人目を気にして、好きな場所に行けなかったのが馬鹿みたいだ。世界なんて、楽しんだもの勝ちだったはずなのに。
そんなことを考えていると、店員さんがパフェを持ってきてくれる。
「お待たせしました。山盛り苺のパフェです」
周りの女の子達は、届いたパフェの写真を嬉しそうに撮っている。僕は興味がないので、そのまま食べ始めようと思ったが……
「一葉に見せようかな……」
そう呟くと同時に、気づいたら携帯を取り出していた。カシャっと携帯のシャッターを切り、撮った写真を確認する。
へ、下手すぎる……。今まで写真などほとんど撮ったことがないので、全然美味しそうに見えない。それでも、何故かもうすでに満足だった。
今度、一葉に見せよう。そう決心した僕は、スプーンを持ち、パフェを食べ始めた。
食べたパフェはあまりにも美味しかった。少し勇気を出せば、考え方を変えれば、こんなに美味しいものが食べられるのならば、僕は世界を楽しむのがあまりに遅かったのだろうか。
すると、僕の頭の中にピョコンと一葉が現れて「あら、天国を楽しむのに遅いなんてことはないのよ!いつだって楽しんだ者勝ちなんだから!」と言った気がした。本当に一葉ならそう言いそうな気がして、僕はついクスッと笑ってしまった。
気づけば、パフェはあっという間に食べ終わっていた。
「ご馳走様でした」
会計の時、店員さんに「とても美味しかったです!」と勇気を出して言うと、嬉しそうにお礼を言われた。
ああ、天国というのは、なんて勇気の出しやすい場所なんだろう。本当にパフェは美味しくて、この時間は楽しいとしか言いようがなかった。
その後は本屋に行って、面白そうな漫画を買って、家でゴロゴロしながら読んでいた。漫画を読み始めて一時間程経った頃、一階からお母さんの声が聞こえた。
「瑞樹、お昼はいるのー?」
「いるー!」
大きな声でそう返して、僕はダイニングに降りていく。まだ、お昼か。いくら朝一でパフェのお店に行ったとはいえ、今日の時間もまだまだある。午後からは、何をしようか。
一階に降りると、お母さんがテーブルに焼きそばを並べていた。お父さんは仕事でいないので、今日のお昼はお母さんと二人だった。お昼ご飯を食べ始めると、お母さんがじっと僕の方を見ている。
「お母さん、どうしたの?」
「その服、格好良いなと思って。瑞樹に似合うわ」
「あはは、ありがとう」
「どうして今まで着てなかったの?」
「うーん、ちょっと気恥ずかしくて。あ!そう言えば、今日はパフェを食べに行ったんだ。写真見る?」
そう言いながら、お母さんにさっき撮った写真を見せる。
「わぁ、とっても美味しそうじゃない。瑞樹、甘いもの好きだものね」
「そうなんだよ。苺もいっぱい乗っててさ、それで……お母さん?」
お母さんが嬉しそうに写真をじっくり見ている。
「うん?ああ、どうしよう。お母さん、とっても嬉しくて」
「……?」
「瑞樹が嬉しそうに笑ってるから、お母さんも楽しくて仕方ないわ。ねぇ、その写真送ってよ。お父さんにも見せたいわ」
僕はそう言われて母に写真を送りながら、キュウっと胸が苦しくなるのを感じた。ごめんなさい、僕は昨日死のうとしたんだよ。いや、そして死んだんだ。死んだと思ってるから、笑顔でいられるんだ。
「お母さん、僕に生きていて欲しい?」
そう口から溢れたことに気づき、僕は慌てた。
「ちがっ!これは……!」
お母さんは、キョトンとした顔をした後、微笑んだ。
「当たり前じゃない。親だもの。瑞樹が生きてくれているだけで嬉しいわ。でも、そんなこと今の瑞樹は言われたくないでしょう?」
お母さんは当たり前だが、僕が余命宣告されていることを知っている。
「だから、瑞樹の過ごしたいように時間を使って欲しいの。ただ、それだけよ。それで、もっと……」
気づいたら、お母さんは声を詰まらせて泣いていた。
「もっと……笑顔を見せて頂戴……」
最後には、消えて無くなりそうな声だった。僕は鼻の奥がツーンとして、自分の目が潤んでいることに気づいた。あの日、僕が死んだ日、僕は心の中で家族に謝り、心の中でお礼を言った。ここが死後の世界ならば、死んだのが僕と一葉だけの天国ならば、きっと家族に会えていることは奇跡だろう。
さっき、僕はこう思った。天国はなんて勇気の出しやすい場所だろうと。なら、勇気を出せるはずだろう?家族に会い、言葉を伝えられることに感謝しなければいけないはずだ。
「お母さん、大好きだよ。本当に大好き。病気の僕をいつも諦めないでいてくれてありがとう」
あの日の心の中で伝えた言葉は、本当は絶対に家族に届かないはずだった。でも、今、目の前で届いているんだ。
すうっと心が軽くなるのを感じる。
「馬鹿ねぇ、どれだけお母さんとお父さんが瑞樹に元気を貰っていると思ってるの。お礼を言うのは、私たちの方よ」
涙を溢しながら、お母さんは照れ臭そうに笑った。
その後も、焼きそばを食べながら他愛のない話をした。いつものお母さんの焼きそばなのに、その日は何故かいつもより美味しく感じた。
食べ終わり、自分の部屋に戻ると、携帯がピコンっとなる。一葉からだった。
「したいこと決まった!私、まず水族館に行きたい!」
一葉に「了解」と返しながら、僕はクローゼットに視線を向ける。
「次はどの服を着ようかな」
動き出した天国での生活は、僕が思ったよりずっと輝きを放っていた。
目的地は、気になっていた苺のパフェのお店。実は、僕は甘いものが大好きだ。しかし、可愛いお店なので、一人で行くことに気後れしていた。
一葉は僕の恩人で、きっとお礼をどれだけ言っても足りない。それでも今僕が出来ることは、一葉がくれたこの天国というあまりに不思議な時間を、一葉がいない時でもちゃんと楽しむことだろう。
目的のお店に着くと、想像よりも可愛い店内だった。女の子ばかりで、みんな楽しそうに過ごしている。
「見て……!男の子が一人で来てるよ。可愛い〜」
二人組の女の子達が小声でそう言っているのが聞こえたが、気にしない。だって僕はもう死んでいるはずで、もうこの時間はただのプラスアルファなんだから。
それでも不思議なもので、すぐにその女の子達もパフェを美味しそうに食べている。
「そっか。みんな、自分の時間を楽しむことに全力なんだ……」
あーあ、今まで人目を気にして、好きな場所に行けなかったのが馬鹿みたいだ。世界なんて、楽しんだもの勝ちだったはずなのに。
そんなことを考えていると、店員さんがパフェを持ってきてくれる。
「お待たせしました。山盛り苺のパフェです」
周りの女の子達は、届いたパフェの写真を嬉しそうに撮っている。僕は興味がないので、そのまま食べ始めようと思ったが……
「一葉に見せようかな……」
そう呟くと同時に、気づいたら携帯を取り出していた。カシャっと携帯のシャッターを切り、撮った写真を確認する。
へ、下手すぎる……。今まで写真などほとんど撮ったことがないので、全然美味しそうに見えない。それでも、何故かもうすでに満足だった。
今度、一葉に見せよう。そう決心した僕は、スプーンを持ち、パフェを食べ始めた。
食べたパフェはあまりにも美味しかった。少し勇気を出せば、考え方を変えれば、こんなに美味しいものが食べられるのならば、僕は世界を楽しむのがあまりに遅かったのだろうか。
すると、僕の頭の中にピョコンと一葉が現れて「あら、天国を楽しむのに遅いなんてことはないのよ!いつだって楽しんだ者勝ちなんだから!」と言った気がした。本当に一葉ならそう言いそうな気がして、僕はついクスッと笑ってしまった。
気づけば、パフェはあっという間に食べ終わっていた。
「ご馳走様でした」
会計の時、店員さんに「とても美味しかったです!」と勇気を出して言うと、嬉しそうにお礼を言われた。
ああ、天国というのは、なんて勇気の出しやすい場所なんだろう。本当にパフェは美味しくて、この時間は楽しいとしか言いようがなかった。
その後は本屋に行って、面白そうな漫画を買って、家でゴロゴロしながら読んでいた。漫画を読み始めて一時間程経った頃、一階からお母さんの声が聞こえた。
「瑞樹、お昼はいるのー?」
「いるー!」
大きな声でそう返して、僕はダイニングに降りていく。まだ、お昼か。いくら朝一でパフェのお店に行ったとはいえ、今日の時間もまだまだある。午後からは、何をしようか。
一階に降りると、お母さんがテーブルに焼きそばを並べていた。お父さんは仕事でいないので、今日のお昼はお母さんと二人だった。お昼ご飯を食べ始めると、お母さんがじっと僕の方を見ている。
「お母さん、どうしたの?」
「その服、格好良いなと思って。瑞樹に似合うわ」
「あはは、ありがとう」
「どうして今まで着てなかったの?」
「うーん、ちょっと気恥ずかしくて。あ!そう言えば、今日はパフェを食べに行ったんだ。写真見る?」
そう言いながら、お母さんにさっき撮った写真を見せる。
「わぁ、とっても美味しそうじゃない。瑞樹、甘いもの好きだものね」
「そうなんだよ。苺もいっぱい乗っててさ、それで……お母さん?」
お母さんが嬉しそうに写真をじっくり見ている。
「うん?ああ、どうしよう。お母さん、とっても嬉しくて」
「……?」
「瑞樹が嬉しそうに笑ってるから、お母さんも楽しくて仕方ないわ。ねぇ、その写真送ってよ。お父さんにも見せたいわ」
僕はそう言われて母に写真を送りながら、キュウっと胸が苦しくなるのを感じた。ごめんなさい、僕は昨日死のうとしたんだよ。いや、そして死んだんだ。死んだと思ってるから、笑顔でいられるんだ。
「お母さん、僕に生きていて欲しい?」
そう口から溢れたことに気づき、僕は慌てた。
「ちがっ!これは……!」
お母さんは、キョトンとした顔をした後、微笑んだ。
「当たり前じゃない。親だもの。瑞樹が生きてくれているだけで嬉しいわ。でも、そんなこと今の瑞樹は言われたくないでしょう?」
お母さんは当たり前だが、僕が余命宣告されていることを知っている。
「だから、瑞樹の過ごしたいように時間を使って欲しいの。ただ、それだけよ。それで、もっと……」
気づいたら、お母さんは声を詰まらせて泣いていた。
「もっと……笑顔を見せて頂戴……」
最後には、消えて無くなりそうな声だった。僕は鼻の奥がツーンとして、自分の目が潤んでいることに気づいた。あの日、僕が死んだ日、僕は心の中で家族に謝り、心の中でお礼を言った。ここが死後の世界ならば、死んだのが僕と一葉だけの天国ならば、きっと家族に会えていることは奇跡だろう。
さっき、僕はこう思った。天国はなんて勇気の出しやすい場所だろうと。なら、勇気を出せるはずだろう?家族に会い、言葉を伝えられることに感謝しなければいけないはずだ。
「お母さん、大好きだよ。本当に大好き。病気の僕をいつも諦めないでいてくれてありがとう」
あの日の心の中で伝えた言葉は、本当は絶対に家族に届かないはずだった。でも、今、目の前で届いているんだ。
すうっと心が軽くなるのを感じる。
「馬鹿ねぇ、どれだけお母さんとお父さんが瑞樹に元気を貰っていると思ってるの。お礼を言うのは、私たちの方よ」
涙を溢しながら、お母さんは照れ臭そうに笑った。
その後も、焼きそばを食べながら他愛のない話をした。いつものお母さんの焼きそばなのに、その日は何故かいつもより美味しく感じた。
食べ終わり、自分の部屋に戻ると、携帯がピコンっとなる。一葉からだった。
「したいこと決まった!私、まず水族館に行きたい!」
一葉に「了解」と返しながら、僕はクローゼットに視線を向ける。
「次はどの服を着ようかな」
動き出した天国での生活は、僕が思ったよりずっと輝きを放っていた。