形勢不利な状況を自然の力で抗う。自然の力は偉大だ。人間が勝てるわけがない。
「あはは、誤魔化すの下手過ぎだろ。でも本当に綺麗だよね」
 案の定、彼女の注意を月に逸らすことができた。いや、気を遣って逸らしてくれたのかも知れないが、結果オーライだろう。
「何で月描いてんの?」
 僕はそのまま月に意識を向けさせるように努める。
「多分、君と同じだと思うよ。君が持ってる雑誌、私も見たんだ。そのあまりにも神々しい姿に魅了されて引き寄せられた。実は三日前から毎日来て描いてるんだ。絵を描くぐらいしか能がなくてさ」
 君と同じという彼女のフレーズが嬉しかった。ずっと一人だと思っていたのに。ずっと誰かと同じを求めていたのに、それが叶わなかった。でもそれが今叶った。他人と何かを共有するって感覚を生まれて初めて味わった。彼女にとっては何気なく口から出た言葉に過ぎないと思うけれど、僕にとってそれは油断をすると涙が零れそうなぐらい嬉しくなるものだった。
「泣くなよお」
 そんな僕の様子を知ってか知らずか、彼女がからかってくる。掴みどころのない彼女と、決して手で掴むことのできない月に魅了されながら夜は更けていく。