「じゃあ、君が死ぬ理由なくなっちゃったね」
 彼女が笑みを浮かべて言う。
「どういうこと?」
 僕が彼女の言葉の真意を尋ねる。
「今、私との会話は無機質? 今、私と一緒にいて孤独を感じてる?」
 どちらの質問も答えはノーだ。生まれて初めて、他人と形式的にではなく生身の声で会話を交わしている。決して無機質ではない。彼女の存在を認識している。今、目の前に人がいることを初めて実感している。少なくとも今この瞬間は、世界に一人きりではない。二人いる。
 頭の中でそれを認識すると、彼女との距離の近さが急に恥ずかしくなった。僕と彼女の間には、人一人入るかどうかぐらいの距離しかない。
「ほら、私によって君の主張は全て覆された。反論できるならどうぞ」
 彼女はさらに笑みを深めて、屈託のない表情になる。僕は何も言い返せなかった。ぐうの音も出ないほどのクリティカルヒットだった。
「……月、綺麗だね」
 あまりにも言うことがなかった僕は、花鳥風月に救いを求めた。