「実は私ね、死んだ後に天国か地獄に行くもんだと思ってたんだけど、月に行ったの。でさ、前に月に導かれし王子と王女とか言ってたじゃん? 本当に月に王様がいてさ、そこの息子が私を気に入っちゃって、私と結婚させるって言うの。それでさ、私ビシッと言ってやったんだよ? 私にとっての月の王子は別にいるって。それでここまで逃げて来ちゃった」
 どこまでが本当の話か分からない。或いは全部嘘かも知れない。ただ、夏希が今ここにいるということだけは本当の話だった。僕は夏希の話を聞いていても、涙を止められないでいる。
「夏樹は本当に素直だね」
 そんな僕に対して、夏希は優しく微笑んでいる。あの頃と何も変わっていない夏希がいる。ずっとずっと会いたくて、求め続けた夏希がいる。あの頃と同じように、泣いている僕を優しく包んでくれている。
「夏希、会いたかった」
 僕はどうにかして声を絞り出す。
「私も会いたかったよ」
 そんな情けない僕を見て、夏希は吹き出しながら言葉を返す。
 お互いが、当たり前のことを口に出して確認し合う。お互いがお互いの存在を確かめ合うように。