「夏樹ってさ、本当に素直だよね」
 そう言って夏希は笑った。
 僕は申し訳ない気持ちになり、離れようとすると夏希の方から僕の背中に腕を回してきた。
「ダメ。離れないで。 私も今、こうしていたいから」
 夏希の声がいつもよりも近い。自分の鼓動も夏希の鼓動も分かるぐらい体を密着させている。初めての経験すぎてどうすれば良いのか分からなかったが、そんなことどうでも良い気がしていた。きっと今はこの形が正しいのだろうということだけは理解できていた。
「ああ、幸せだなあ」
 僕の腕の中で夏希が言う。
「俺も幸せだなあ」
 夏希の言葉の真似をする。でもそれは単なる物真似ではなく紛れもない本心だ。
「素直でよろしい」
 そう言いながら夏希が頭を撫でてくれる。僕は夏希に頭を撫でられることが堪らなく好きだ。自分を肯定してくれている気がして、心が癒される。僕は初めて人生で幸せって言葉を口にした。こんなに心の底から幸せって思える日が来るなんて、以前は想像もできなかった。気を遣ってくれたのか月が一瞬雲に入り、光が陰った。僕はその日、生まれて初めてキスをした。