僕は心のどこかで夏希の終わりを意識していた。医者の宣告なんて曖昧なものだ。一ヵ月というものが、二十日そこそこでも四十日弱だとしても一ヵ月の範疇だろう。もしも予想よりも早く夏希の命が終わりを迎えたら、この月の絵も僕の絵も未完のまま終わってしまう。
 不謹慎かも知れないが、僕は最悪の事態を想定していた。そればっかりはどうしても避けたいと自分のことのように思っていた。夏希に悔いを残して欲しくない。
せめて、今絶対にやりたいと願っていることぐらいは叶えてあげたい。僕は自分の無力を恨んだ。何もしてあげられない。こうして隣にいることしかできない。それも僕の意思でここにいたくているわけで、夏希の為に何かをしてあげられているわけではない。
「大丈夫だよ」
 そんな僕の心中を察してくれたようだった。夏希の言葉には不思議な力がある。夏希が大丈夫って言うなら本当に大丈夫な気がしてくる。
「うん」
 僕がそう返事をすると、夏希は再び筆を取り、絵に命を吹き込む。上塗りされて立体感が増す月の絵が、夏希の命の強さを表しているようで、僕のことを少しだけ安堵させた。