願いが通じたのか、目を覚ますと夕方だった。簡単に夕食を済ませ、特に見る予定もなかった映画を観て時間を潰す。
 高校生同士の純愛を描いた今話題の青春映画だったが、今自分が置かれている状況に比べたらやたらとチープなものに感じられた。それなりによくできていて、男女の機微をリアルに描いていたが、本当にリアルなのは僕達の方だ。映画にも負けていない現実が今の僕にはある。少し誇らしげにそう思いながら、僕は再びあの場所へ向かう。夏希がそこにいるから。
 昨日とは全く違う心情で、僕はあの月を目指した。間違いなく今日僕は死ぬ事はない。口ープも置いてきた。雑誌ももう必要なかったので、昨日と比べると随分と身軽だ。
 最寄り駅に着き、夏希に朝方教えてもらった抜け道を進む。ものの十分程度で、目的地に到着する。夏希は既に定位置にいて、月を描いている。手元を見ると、ペンではなく色塗り用の筆に変わっていた。昨日でデッサンは完了していたのだろう。絵に熱中するあまり、僕の存在に気付いていない。僕は夏希の集中が一区切り付くまで、しばし夏希の横顔を眺めていた。