夏希は達観した笑顔を崩し、鋭い目付きで僕を見つめる。そのあまりの眼力に、僕は少しばかり怯んでしまう。
「私だって死にたくないよ。まだまだ見てみたい風景があった。目に見える綺麗なもの全てを絵に描きたかった。それだけしか望んでいなかったのに、それさえも運命は奪っていった。せっかく今日、君という新しい風景を見つけた。君のことも描きたかったのに」
 夏希は取り乱しながら言った。僕は彼女の体調が心配になった。生きたくないから死のうとする男と、死にたくないのに死を受け入れた女。僕達は死という概念さえも共有しようとしていた。でも、彼女のせいで僕は死という概念から遠ざかりかけた。そんな彼女の死が明確に浮かび上った時、僕の死への憧れは再燃した。彼女の生は僕の生で、彼女の死は僕の死だ。死の前には自然の力さえ無力だ。明度は変わらないはずの月の光が、彼女の死の告白により、半分程度くすんでしまったように感じられた。