「ねえ、君の名前を教えてよ」
 彼女が不意に尋ねてくる。
 僕は今日ここに死ぬつもりで来たのに、自分という存在を消すためにここに来たのに、自分の存在の唯一の証である名前を彼女に言わなければならない流れだ。断ることもできたと思う。でも何故だか彼女に名乗りたくなった。
「夏樹(なつき)だよ」
 僕が自分の名前を口にすると、何故だか彼女が口を開けて驚いている。鳩が豆鉄砲を食らった顔である。美人が台無しだ。
「ウッソ!? マジで言ってる? 私も夏希(なつき)だよ」
 彼女の言葉に、僕は先程までの彼女と同じ顔をしていたと思う。正に鳩が豆鉄砲を食らった顔だ。違いと言えばルックスのクオリティーぐらいだろう。唯一、僕と共有してくれた彼女が名前も共有していた。嬉しさよりも驚きが勝って何も言えないでいると、夏希が思い付いたように言葉を発した。
「私達二人共さ、月に導かれてここにやって来たじゃん? よくよく考えたらさ、私達の名前って『な』を取り除いたら『つき』だよね」