「泣いてないよ」
 内面では感動して泣いていたが、物理的に涙は流れていない。否定するには充分過ぎる条件だ。
「そっか。感動して泣いているのかと思ったよ」
 彼女の言葉が僕の内面を優しく抉る。不思議と心地良いと思っている自分がいる。今まで、人から内面を探られることもなかったし、こんな風にダイレクトに言葉を投げられることもなかった。彼女以外の人間は、みんな同情という刃で僕の心をズタズ夕にしていた。興味なんかない癖に、可哀想って大義名分を傘に着て、聞こえの良い言葉だけを僕に投げかけていた。結局、自分が損しないように周りからの見え方を意識した装飾された言葉しか僕に与えてくれなかった。今、目の前にいる彼女は違う。言葉を選んでいない。ただ、自分の思ったことを、僕に伝えたいことを音に出して僕に届けている。
「感動はしているよ。月の綺麗さに」
 本当は彼女の言葉に感動していたのに、花鳥風月を利用して誤魔化した。
「ふうん、そっか」
 彼女はそんな僕の微妙な心情を知ってか知らずか、穏やかな笑みを浮かべながら僕のことを見ていた。