「武尊と付き合ったの? 嘘でしょ」
「嘘じゃないよ、本当。告白されたの」
日向が復帰した日の昼休み、いつものように中庭のベンチで話している。
武尊はまだ信じられていないようで、目が泳いでいる。
「でもでも……まじ……よかったね」
あまり喜んでいるようには見えない。私と目を合わせることなく、斜め下を見ている。
もうすぐ死ぬのに、ずっと好きな人に告白されたというのに、日向にしては珍しくあまり反応がない。
「うん、いろいろありがとうね。ずっと相談に乗ってくれて。今度の休みデートに行くことになったの。もう嬉しすぎる! 死ぬまで楽しめそうな気がするよ」
そう言うと、彼は久しく険しい目で私を見てきた。
「自分が死ぬことは考えるなよ」
「いや、だって死ぬんだし」
そう言うと、日向はベンチから立ち上がり上から私を見つめてくる。
「お前のそう言うところ本当に嫌だわ」
「え、ちょっと」
日向はそのまま歩き出し、校舎の中へと入っていく。
なぜ急にあんなに怒るのかよく分からなかった。
今までもよく言っていたのに、どうして急にあんな風になるんだろう。
もうお昼ご飯は食べ終わった。それなのに昼休みが終わるまで時間はある。
いつもなら日向と話しているが1人でいると何だか寂しい。
今日は昨日より風が冷たくて体が震えてしまう。
仕方がないから教室に戻ることにした。
風で揺れる髪を両手で押さえながら駆け足で昇降口に向かう。
階段を駆け上がり、2年3組の前までやってくる。
扉を開けようとしたーーその時。
「お前ふざけるなよ!」
今までに一度も聞いたことがないくらい、怒りの満ちた日向の声が廊下にまで響き渡った。
私は指先が震えて、扉を開けるのを躊躇う。
でも、私には関係ない話だろうし、別にここで静かに入っても大丈夫でしょ……
そう自分に言い聞かせ、もう一度扉を開けようとした。
「今の言葉を桜空に言えんのかよ!」
心臓がどくんと嫌な音を鳴らす。
桜空って、クラスの中で私だけだよね……
ここまで怒ってるなんて、誰に対して何だろう。
「言えるも何も、別にもうすぐいなくなるだろ。死ぬまで楽しくさせてあげようってことだよ」
その声を聞いた途端、心臓の鼓動のスピードが速くなる。
背中がじんわり汗で濡れてきて、首に一筋流れてゆく。
その声は武尊だった……
信じられなくて、耳を塞ぎたくなる。
それでも、ここで逃げれば一生後悔することになる。
そこでふと思う。
……一生って、あと五ヶ月ないじゃん。
「そんなんで喜ぶわけないだろ。桜空をからかってるだけだ」
「だって、可哀想じゃない」
この声は山川さんだった。
どうして山川さんがそんなことを言っているのか分からない。
そこで思い出す。
武尊が私を日向のお見舞いに誘ったあと、山川さんのところに行き、微笑んでいたことを。
この時から2人は何かしたらの関係があったと言うことか。
それにしても、一体私をからかうって何?
「これを知って桜空が傷つくって想像がつかないのかよ。酷すぎんだよ、武尊はそんな最低な人じゃなかったろ」
「俺は、山川さんの言うことに共感しただけだし。別に木下さんのこと好きとかないし。可哀想だなーって」
ぼそっと言う武尊は声から面倒くさがっているのが伝わってくる。
頭を硬いもので殴られたみたいな衝撃。
嘘だ、嘘だ、何度も心のなかで叫ぶ。私の悲痛な声に振り返る人は誰もいない。
本音の海の潮が満ちていく。
その時、ガンッと机の倒れる音がする。直後に女子たちの悲鳴が響いた。口々にいう女子の高い声は耳に嫌に響いている。
「武尊!」山川さんの悲痛な声が何度も聞こえる。
直後、目の前の扉が勢いよく開く。
女子が1人私に突っ込んできたが、私のことは見向きもせずにそのまま廊下へ駆け出した。
きっと職員室にでも向かったのだろう。
勝手に開いた扉の向こうを見ると、言葉を失う。
全身の力が抜けて、考えるのが怖くなる。
そこには、机の上に倒れ込む武尊と、側でしゃがみ込む山川さん、そして上から強く睨む日向がいた。
日向と目が合うと、一瞬獣のような気がして一歩も動けなくなる。
「桜空……」
「日向、どうしたのこれ? 何で武尊が、倒れて……それにからかってるって何?」
日向は私の目を見たまま何も言わない。
武尊を見ると、だるそうに体を起こして、私を見据える。
「告白、嘘なんだよって話」
心臓がバクンバクンと暴れていて、うまく口に出すことができない。
「嘘……どういうこと?」
「私がね、木下さんが可哀想だから死ぬまで恋人として付き合ってあげて、最後はいい思い出にしてあげようって話していたの」
山川さんは武尊の額に手を添えながら、必死に喋っている。武尊はその手に頭を傾け、わざとらしく大きなため息をする。
「それをたまたま聞いた日向がブチギレてる現状」
日向は武尊と睨み合い、何も発さない。
武尊はフラフラと立ち上がり、日向を指差す。
「最後の思い出作りだよって言ってんだろ」
死ぬまでの思い出作り……か。
嘘をついてまで付き合わせるのがこの人たちにとっての優しさなのか。
素直に喜べない私がおかしいのか。
よく分からない感情が胸の中でじんわりと広がっていき、考えるのも面倒になってきた。
ここで私が、何を発してもどうせ死ぬ。
今なら言いたいこと、はっきり伝えればいい。
それなのに、私は思ってもないことを口にした。
「ありがとう」
その瞬間、武尊と山川さんが怪訝そうな目で私を見ている。
クラスメートもざわつき始める。ジロジロと私を見つめる視線が気持ち悪い。
でも、どうせ死ぬんだし。
「私気が付かなかったよ、思い出作りありがとうね。もう今すぐ死んでも未練がないよ! 二人ともありがとう」
二人は互いに顔を合わせては、私の方を見る。
今、皆に私はどう見られてるんだろう。
ちゃんと笑ってる? 泣いてない?
……まだ、生きてるよね?
本音の海で心が満たされていく。
「馬鹿じゃねーの」
波が揺れる……
ボソッと呟いた声の方に目を向ける。
それは、ずっと私を照らしてくれた日向だった。
私をきつく睨み、不機嫌なのが見てわかる。
「お前、怒れよ」
「怒らないよ。だって、最後の思い出でしょ、死ぬ前に良い時間だったねって思い出せるんだよ……感謝しかない」
「いい加減にしろ!」
日向の声にクラスが震える。
どうしてここまで怒っているのか分からない。
別に私はもう死ぬんだし……
「死ぬ前くらい、やりたいことをやりたいようにやれよ」
「死ぬ前だから、全部どうでもいいって言ってんじゃん」
「それで辛くないのかよ」
日向の優しい声に、本音の海の底が反応する。わずかに震え、私になにか訴えている。
それを紛らわすよう、私の足は廊下に向かって走り出していた。
後ろで日向の声がしたが、そのまま走る。
廊下ですれ違う人にぶつかっても謝らずにただひたすらに走る。
昇降口までやってきて、靴に履き替え外に飛び出す。
外はまだ寒くて、膝が冷たい風にあたって寒いと叫んでる。
それでも、今の心の叫びに比べたら膝なんて可愛いものだ。
正門を出て、近くの川まで走ってゆく。
川沿いのベンチに座り、呼吸を整える。たくさん走ったせいでもう寒くない。
むしろ暑いくらいだ。ハンカチでおでこの汗を拭き取り、思い切り体を伸ばす。
この時間帯には誰も人がいない。
ちょうどいいか、そう思い水面に近づく。
指先だけ触れると水はやっぱり冷たくて、かすかに震えている。
次に手のひらサイズの石を拾い、できるだけ遠くを狙って投げてみる。
きれいな弧を描いてドポンと音を鳴らす。
そこまで浅くないことを確認して、私は一歩ずつ前に足を出す。
もう、思い出はいらないーー
「嘘じゃないよ、本当。告白されたの」
日向が復帰した日の昼休み、いつものように中庭のベンチで話している。
武尊はまだ信じられていないようで、目が泳いでいる。
「でもでも……まじ……よかったね」
あまり喜んでいるようには見えない。私と目を合わせることなく、斜め下を見ている。
もうすぐ死ぬのに、ずっと好きな人に告白されたというのに、日向にしては珍しくあまり反応がない。
「うん、いろいろありがとうね。ずっと相談に乗ってくれて。今度の休みデートに行くことになったの。もう嬉しすぎる! 死ぬまで楽しめそうな気がするよ」
そう言うと、彼は久しく険しい目で私を見てきた。
「自分が死ぬことは考えるなよ」
「いや、だって死ぬんだし」
そう言うと、日向はベンチから立ち上がり上から私を見つめてくる。
「お前のそう言うところ本当に嫌だわ」
「え、ちょっと」
日向はそのまま歩き出し、校舎の中へと入っていく。
なぜ急にあんなに怒るのかよく分からなかった。
今までもよく言っていたのに、どうして急にあんな風になるんだろう。
もうお昼ご飯は食べ終わった。それなのに昼休みが終わるまで時間はある。
いつもなら日向と話しているが1人でいると何だか寂しい。
今日は昨日より風が冷たくて体が震えてしまう。
仕方がないから教室に戻ることにした。
風で揺れる髪を両手で押さえながら駆け足で昇降口に向かう。
階段を駆け上がり、2年3組の前までやってくる。
扉を開けようとしたーーその時。
「お前ふざけるなよ!」
今までに一度も聞いたことがないくらい、怒りの満ちた日向の声が廊下にまで響き渡った。
私は指先が震えて、扉を開けるのを躊躇う。
でも、私には関係ない話だろうし、別にここで静かに入っても大丈夫でしょ……
そう自分に言い聞かせ、もう一度扉を開けようとした。
「今の言葉を桜空に言えんのかよ!」
心臓がどくんと嫌な音を鳴らす。
桜空って、クラスの中で私だけだよね……
ここまで怒ってるなんて、誰に対して何だろう。
「言えるも何も、別にもうすぐいなくなるだろ。死ぬまで楽しくさせてあげようってことだよ」
その声を聞いた途端、心臓の鼓動のスピードが速くなる。
背中がじんわり汗で濡れてきて、首に一筋流れてゆく。
その声は武尊だった……
信じられなくて、耳を塞ぎたくなる。
それでも、ここで逃げれば一生後悔することになる。
そこでふと思う。
……一生って、あと五ヶ月ないじゃん。
「そんなんで喜ぶわけないだろ。桜空をからかってるだけだ」
「だって、可哀想じゃない」
この声は山川さんだった。
どうして山川さんがそんなことを言っているのか分からない。
そこで思い出す。
武尊が私を日向のお見舞いに誘ったあと、山川さんのところに行き、微笑んでいたことを。
この時から2人は何かしたらの関係があったと言うことか。
それにしても、一体私をからかうって何?
「これを知って桜空が傷つくって想像がつかないのかよ。酷すぎんだよ、武尊はそんな最低な人じゃなかったろ」
「俺は、山川さんの言うことに共感しただけだし。別に木下さんのこと好きとかないし。可哀想だなーって」
ぼそっと言う武尊は声から面倒くさがっているのが伝わってくる。
頭を硬いもので殴られたみたいな衝撃。
嘘だ、嘘だ、何度も心のなかで叫ぶ。私の悲痛な声に振り返る人は誰もいない。
本音の海の潮が満ちていく。
その時、ガンッと机の倒れる音がする。直後に女子たちの悲鳴が響いた。口々にいう女子の高い声は耳に嫌に響いている。
「武尊!」山川さんの悲痛な声が何度も聞こえる。
直後、目の前の扉が勢いよく開く。
女子が1人私に突っ込んできたが、私のことは見向きもせずにそのまま廊下へ駆け出した。
きっと職員室にでも向かったのだろう。
勝手に開いた扉の向こうを見ると、言葉を失う。
全身の力が抜けて、考えるのが怖くなる。
そこには、机の上に倒れ込む武尊と、側でしゃがみ込む山川さん、そして上から強く睨む日向がいた。
日向と目が合うと、一瞬獣のような気がして一歩も動けなくなる。
「桜空……」
「日向、どうしたのこれ? 何で武尊が、倒れて……それにからかってるって何?」
日向は私の目を見たまま何も言わない。
武尊を見ると、だるそうに体を起こして、私を見据える。
「告白、嘘なんだよって話」
心臓がバクンバクンと暴れていて、うまく口に出すことができない。
「嘘……どういうこと?」
「私がね、木下さんが可哀想だから死ぬまで恋人として付き合ってあげて、最後はいい思い出にしてあげようって話していたの」
山川さんは武尊の額に手を添えながら、必死に喋っている。武尊はその手に頭を傾け、わざとらしく大きなため息をする。
「それをたまたま聞いた日向がブチギレてる現状」
日向は武尊と睨み合い、何も発さない。
武尊はフラフラと立ち上がり、日向を指差す。
「最後の思い出作りだよって言ってんだろ」
死ぬまでの思い出作り……か。
嘘をついてまで付き合わせるのがこの人たちにとっての優しさなのか。
素直に喜べない私がおかしいのか。
よく分からない感情が胸の中でじんわりと広がっていき、考えるのも面倒になってきた。
ここで私が、何を発してもどうせ死ぬ。
今なら言いたいこと、はっきり伝えればいい。
それなのに、私は思ってもないことを口にした。
「ありがとう」
その瞬間、武尊と山川さんが怪訝そうな目で私を見ている。
クラスメートもざわつき始める。ジロジロと私を見つめる視線が気持ち悪い。
でも、どうせ死ぬんだし。
「私気が付かなかったよ、思い出作りありがとうね。もう今すぐ死んでも未練がないよ! 二人ともありがとう」
二人は互いに顔を合わせては、私の方を見る。
今、皆に私はどう見られてるんだろう。
ちゃんと笑ってる? 泣いてない?
……まだ、生きてるよね?
本音の海で心が満たされていく。
「馬鹿じゃねーの」
波が揺れる……
ボソッと呟いた声の方に目を向ける。
それは、ずっと私を照らしてくれた日向だった。
私をきつく睨み、不機嫌なのが見てわかる。
「お前、怒れよ」
「怒らないよ。だって、最後の思い出でしょ、死ぬ前に良い時間だったねって思い出せるんだよ……感謝しかない」
「いい加減にしろ!」
日向の声にクラスが震える。
どうしてここまで怒っているのか分からない。
別に私はもう死ぬんだし……
「死ぬ前くらい、やりたいことをやりたいようにやれよ」
「死ぬ前だから、全部どうでもいいって言ってんじゃん」
「それで辛くないのかよ」
日向の優しい声に、本音の海の底が反応する。わずかに震え、私になにか訴えている。
それを紛らわすよう、私の足は廊下に向かって走り出していた。
後ろで日向の声がしたが、そのまま走る。
廊下ですれ違う人にぶつかっても謝らずにただひたすらに走る。
昇降口までやってきて、靴に履き替え外に飛び出す。
外はまだ寒くて、膝が冷たい風にあたって寒いと叫んでる。
それでも、今の心の叫びに比べたら膝なんて可愛いものだ。
正門を出て、近くの川まで走ってゆく。
川沿いのベンチに座り、呼吸を整える。たくさん走ったせいでもう寒くない。
むしろ暑いくらいだ。ハンカチでおでこの汗を拭き取り、思い切り体を伸ばす。
この時間帯には誰も人がいない。
ちょうどいいか、そう思い水面に近づく。
指先だけ触れると水はやっぱり冷たくて、かすかに震えている。
次に手のひらサイズの石を拾い、できるだけ遠くを狙って投げてみる。
きれいな弧を描いてドポンと音を鳴らす。
そこまで浅くないことを確認して、私は一歩ずつ前に足を出す。
もう、思い出はいらないーー