「桜空さんは、あと余命半年といったところでしょう」

 今まで積み上げてきたものが乱暴に誰かに蹴り落とされる最悪な気分だ。

 
 ***
 

 朝、重たい瞼をゆっくり開く。

 あと何度見るかわからない天井、二段ベットなため腕を伸ばせば天井に手が届く。
 昔の落書きが消されずに残っている。

 ずっとアイドルになりたかった。
 だからアイドルになった自分がいくつも描かれている。
 大きなピンクのリボンがたくさん付いていて、可愛いフリルのドレスを纏う未来の自分。

 こんなふうになってみたかったな、心の中で呟いて誰にも言えない本音がまたひとつ積もる。

 私の心の中、またひとつ本音がたまる。
「塵も積もれば山となる」ということわざがあるが、私の場合は山ではなく海かもしれない。
 底なしの本音の海。深くなるにつれてどんどん重く、黒いものになる。

 きっと誰にも言えない本音。なかなか明かされない深海みたいだ。
 怖くて立ち寄ろうとも思わない。
 自分の事なのに、ずっと歩み寄ることができない。


 ***


 月曜日、学校の支度を済ませリビングに向かう。

 お母さんがちょうど朝ごはんを机に並べていて、私に気がつくとにっこり笑う。
 自然な笑みではなくぎこちない笑み。

 少しだけ疲れているように見える。
 前より隈が濃くなっている。
 瞳もうっすら赤く染まっていて、昨日の夜も泣いていたことがわかる。

 私はいつものように何も言わない。
 こんな母親、見たくない。
 すぐに目を逸らして「おはよう」と届いているかわからないくらい小さな声で言う。

「おはよう桜空、今日はピザパンよ。あなたの好きなピーマン多め、昨日スーパーで安くなってたから買っちゃったの」

 私は「そう」と興味なさそうに返事をして椅子に座る。

 お母さんは私が適当に返事をしているのに、ずっと話しかけてくる。
 本当にどうでもいい話。そんな話をしたって、何の意味がある? 
 心の中で苛つきながらも黙ってパンを食べる。

 ピザパンは確かにピーマンが多い、私はピーマンが好きだけど前みたいに素直に喜びを表現ができない。
 喜ぶ仕方を忘れてしまった。

 一口かじると口の中にシャキッとピーマンが音を鳴らす。
 この食感が好き、でもいちいち反応していられない。
 前みたいに明るい私は海に溺れて死んだ。

 どうせ、どうせーー何度もそう言っている。

「ねえ桜空、今度の日曜日お花見に行かない? 横浜の公園で綺麗に見えるとこがあるらしいの、せっかくなら行かない?」

 お母さんを見ると目が合った。

 その瞬間、頑張って口角を上げる母。
 私が見てないところでは笑わない、私の前では笑う、気を使う母親に純粋に腹が立つ。

 いい加減にして、静かに怒りがぐつぐつ沸騰してくる。

「せっかくならってどう言うこと? 桜が綺麗だから、せっかくなら行こう、違うよね? 本当は違うでしょ、気を使うのはもうやめて、気分悪い」

 冷たく言い放つとお母さんは悲しそうに目を細め、静かに私を見据える。もう何も言ってこない。

 居心地が悪くなり私は食べかけのピザパンを皿に残したまま玄関に向かう。

 運悪く姉と遭遇する。起きたばかりのようでパジャマ姿だった。姉の制服姿は何年も見ていない。

「おはよ、学校行くの?」

 あくびをしながら呑気にしゃべる姉。

 姉は中学2年生の時から四年間ずっと不登校だった。
 単純に学校に行くのが面倒なようだ。

 テストだけは受けていて、勉強は人並にできるので苦労をしているようには見えなかった。

 高校に入学して登校するのかと思いきやすぐに不登校になった。人間関係が面倒すぎてだるい、そういつも言っていた。

 いやなことから逃げられて幸せだなと思う。
 こんな人が生きているのにどうして私が、、、そういつも思ってしまう。

「百合とは違って真面目だから。意味ないってわかってても私は学校に行くよ」

 姉はヘラヘラと笑って私の肩に手をおく。

「妹よ、別に学校に行かないでお姉さんと遊びまくってもいいんだぞ。バイトの貯金はたくさんあるし、今なら妹のわがままも全部聞いてあげよう」

「腕をどけて」

「冷たいな」

 冷たく言う妹に対して流石に姉も気分を悪くしたようだ。
 怒りを発散するかのようにボサボサの髪を無理やり手ぐしでとかしている。

 姉の髪は昔はもっと綺麗だった。
 風に揺られるたび、細やかに揺れる鮮やかな茶色の髪。

 小学生の時は毎朝姉に髪を結んでもらっていた。
 美容師になりたい、そう言いながら私の髪を丁寧にとかす姉。当時はキラキラ輝いて見えた。ずっと憧れだったのに、いつのまにか憧れのあの字もない。

 姉は私と違って夢を叶える時間がある。
 姉は私が望むすべてを持っているような気がした。いくら不登校でも、姉は優れている。

 計り知れない姉に対する嫉妬は私の本音の海の中間辺りを漂っている。

「あと話しかけないで、百合との会話は何の意味もないから」

 さすがに百合の表情が曇る。
 私は姉の肩を乱暴に払ってから靴をはく。

「ちょっと桜空ねぇ、失礼すぎない? お姉さん悲しいよ」

「もっとお姉さんらしいことをしたら、家族と思えても、姉とは思えない」

「そうだよね、妹が大変だって言うのに姉がこんなんじゃね」

 ハハっと笑うと「いってらっしゃーい」とのんびり言う。私は何も言わずに家を出る。
 気を使う母、気を使わない姉、正反対の対応なのにどちらも嫌気がさす。

 どうせなら、早く終わればいい、毎朝そう思う。