「お、来たね」
僕は何故か、約束の時間に約束の場所に来ていた。昨日彼女と出会った屋上に。
「ちゃんと来るなんてえらいじゃん」
「君に褒められる筋合いはないです」
僕は、素直じゃない。知っている。赤の他人に、僕を否定欲しくないから。
「否定されるのが怖いの?」
彼女はやはり超能力者か、エスパーか。どちらでも構わない。一応、聞く気はあるが。
「早速、犯罪者の君に事務連絡してあげるね」
ずいぶんと態度が大きいが見なかったことにしてあげよう。僕、犯罪者のわりに優しいから。
「私はね、死んじゃうんだよ」
大体予想のついていた言葉。聞きたくなくても確かに僕の鼓膜を震わせる。
「あと、一年くらいかな。でも半年は入院生活だから学校で過ごせるのは来年の春が終わるくらいまで。」
昨日自殺を止められただけの彼女の話が僕の胸を締め付ける。胸の内を探られないように。平常心。平常心。
「だからね、眞上くん。君に手伝って欲しい」
「…うん。」
「私、やっぱり死にたくないんだ。」
生きる意味を見失う僕はいるけど、死にたくない君も確かにいるんだ。
「知ってる?楽しみにしてる日を待つ時間って、長く感じるの。まぁ経験はあるよね?だからさ、少しでも、死ぬまでを長く感じられるように。私―。」
そこからは、スローモーションに見えた。実際、スローモーションのような速さで彼女は語ったのかもしれない。
「死ぬのを楽しみにしたい―。」

「手伝ってくれるよね?君が死ぬの助けたもんね?」
僕は、なんて言えば良い。死ぬのを止められ、犯罪者になった。彼女に出会い、彼女が死ぬのを楽しみにしないといけない。彼女が死ぬことを願い、生きなくてはならない状況。僕は、何で生きている。
「返事がないけど、手伝ってもらうから。」
彼女は満面の笑みで、顔の横にピースサインを作ってみせた。
「まずは作戦会議だね!データ取るから。楽しみなこと挙げてよ」
「屋上のまま?目立つよ」
「君は屋上を見上げたことある?みんなも屋上なんて見ようとしないから大丈夫だよ」
彼女の言うことは尤もだった。まるで反論の余地がない。
「祖母の家に行くのは楽しみかな」
「…それだけ?」
「何か悪いですか」
「ううん。あとは?」
「僕は…」
「うん?」
「死ぬのが楽しみだよ」
あぁ。ごめん、君が最も欲しい感情を、僕は持ち合わせているみたい。もしも心を交換できるなら、君にこの心を全てあげたい。
「私…君になりたいな…なんてね」
彼女は複雑な表情で舌を突き出した。
「今日はおばあちゃんの家が楽しみな君を知れて良かったよ。これ以上楽しみなこと、君にはないのかもね、うける」
「棒読みでうけるって言うのやめてよ」
「今日はこれでおしまいね。明日、クリスマス。駅に18時。またね」
「なんで勝手に予定決めるの」
「…予定ある?」
「無いけど…」
「じゃあ良いね、またね」
どうやら僕は明日、駅に18時らしい。いつも通り起きれば大丈夫だな、明日の朝の流れを逆算しながら、覚悟を決めてから何度踏みしめたか分からないコンクリートをまた踏みしめた。クリスマスに出掛けるなんて考えられない。僕は、生きている。