重たい鉄の扉を開けて皓矢は四人を部屋に招き入れた。白い床、白い壁の広々とした空間が蕾生達の目の前に飛び込んでくる。その中央には簡素な緑色の絨毯が敷かれ、低いテーブルとソファで構成された応接セットが置かれていた。
 確かあの女性は簡単な椅子とテーブルと言っていなかったか、と蕾生は違和感を持った。目の前にあるものはどう考えても細身の女性が設置できる代物ではない。
 
「ようこそ」
 
 厳かな声にそんな蕾生の思考はかき消された。応接セットの更に奥、やや離れた場所に古めかしい木製の机、そこで椅子にゆったりと腰掛けている老人が存在感を放っていた。
 
銀騎(しらき)詮充郎(せんじゅうろう)……」
 
 蕾生が気圧されて思わず呟くと、詮充郎は皺だらけの顔にもう一つ皺を作って微笑んだ。
 
「何年ぶりかね?」
 
「さあ、忘れました」
 
 何も言えずにいる蕾生の代わりに永がしれっと答えた。
 
「──ふ。相変わらず非協力的な態度だ、ええと、今は周防(すおう)と名乗っているのか」
 
「すいませんねえ、コロコロと名前が変わって。そっちも相変わらずクソジジイですねえ、いや年老いてさらにクソが増しましたか?」
 
 永の虚勢にも見える憎まれ口には目もくれず、詮充郎は蕾生を舐め回すように眺めてまた微笑んだ。
 
「ふむ、相棒は今回も丈夫そうだな」
 
「ライを値踏みすんじゃねえ、殺すぞ」
 
 蕾生も初めて見るようなガラの悪い顔と口で永が凄む。だが詮充郎はそれも余裕で聞き流して声を立てて笑った。
 
「はっはっは!そう熱くなるな。昔言ったろう?氷のように冷静であれ、と」
 
 ニヤリと口端を上げた様がその老獪さを物語っている。
 
「ああ、そうでしたかねえ。ま、とりあえずそちらの話を聞きましょう?」
 
 詮充郎の子どもに言い聞かせるような物言いを今度は軽くいなして永はドカッと音を立ててソファに座った。
 
「では、そうしよう。皆もかけなさい」
 
 永が大きな方のソファの中央に座ったので、蕾生と鈴心はその左右に腰を降ろした。星弥は一人がけの小さいソファに座る。皓矢はそれを見届けた後、詮充郎の机まで行き、その傍らに立った。
 
「その前にお祖父様にお願いがあります」
 突然星弥が手を挙げて毅然とした態度で話し始めた。
 
「ふむ?」
 
「お話が終わったら、今日は彼らを無事に家に帰してください。わたしはお友達に嘘をついてお祖父様の所に連れてきました。だから彼らの安全は保証してください」
 
 その言葉に永が目を丸くしていると、詮充郎は満足そうに頷き、椅子に深く腰掛け直して言った。
 
「──いいだろう。そもそも今日の会談はお前が設定したようなものだからな」
 
「ありがとうございます」
 明らかにほっとした表情を見せて、星弥も深く座り直した。
 
「では、前置きは省いて言う。周防(すおう)(はるか)(ただ)蕾生(らいお)──特に唯、君のデータが欲しい」
 
「データ?」
 
 蕾生が聞き返すと詮充郎は掠れた、けれど何故か頭によく通る声で話す。
 
「そう。身長体重諸々の測定、血液サンプル、それからDNA採取、CTスキャンやMRIも撮影させてもらおう」
 
「ジジイ、耄碌(もうろく)したのか?おれが許すとでも思ったか?」
 
 永としては予想通りの要求だった。だがあまりに当然の義務のように語る詮充郎の不遜な態度に、自然と口調が変わる。
 
「まあ、お前はそう言うだろう。ならば、せめて血液だけでも置いていきなさい」
 
「嫌に決まってんだろ!」
 
 永が語調を強めると、詮充郎は首を傾げながら暗く笑う。
 
「それも嫌なのか?我儘を言うもんじゃない。──五体満足で帰りたければね」
 
「お祖父様!?」
 
 その恐ろしい言葉に星弥は動揺した。だが、詮充郎は子どもに言い聞かせるようにゆっくりと語りかける。
 
「落ち着きなさい、星弥。まだ交渉中だ。唯蕾生よ、周防はこう言っているが君はどうかね?」
 
 話題を振られた蕾生は、ここまででも充分に永の嫌悪感と星弥の恐怖心を感じ取っていた。その元凶である目の前の老人には怒りが湧きつつある。