建物から出ると辺りは少し暗くなりつつあった。役所で鳴らす夕方のチャイムが遠くで響いている。
 
 (はるか)達三人が出た後、すぐに星弥(せいや)皓矢(こうや)も出てくる。すると次の瞬間白いドアが消え、朧げに見えていた建物の輪郭も無くなり、雑草地のような広場が広がって見えるだけになった。
 その一部始終を苦々しく眺めていた永に、星弥が遠慮がちに話しかける。
 
「あの……今日は本当にごめんなさい。こんなことになるとは思わなくて」
 
 詮充郎(せんじゅうろう)に感じていた苛立ちのままに、永は冷たい視線を投げる。
 
「へえ? じゃあ、君はどうするつもりで今日をセッティングしたのかな?」
 
 棘だらけの言葉尻を甘んじて受け止める星弥の口調は、自然と弱々しくなっていた。
 
「わたし、お祖父様があんなに感情的になるとは思ってなくて。今日みたいなお祖父様は初めて見たし……」
 
「ふうん、もっと建設的な話し合いができると思ってたんだ? やっぱり君はわかってなかった。これが現実だよ、綺麗事じゃ片付けられない」
 
「……」
 
 辛辣な永の言葉に押し黙ってしまった星弥に、一切の温情をかけずに永は更に追い詰めるような物言いをした。
 
「所詮はお花畑の中の考えだったね。ジジイのことも、僕らのことも、君が君の都合のいいように解釈してたんだよ」
 
「──」
 
 それでも星弥は真摯に永の言葉を受け止めている。先程までは泣きそうな顔で必死になっていた様子だったのに、今はそんな素振りを見せずに祖父の分まで非礼を詫びるように、永の怒りを黙って聞いていた。
 
 蕾生(らいお)もそんな状態の星弥が少し憐れだと思ったし、普段なら永を嗜めるくらいは自然にできるのだが、今は星弥に嘘をつかれたことが引っかかっていて、それができずにいた。
 
「ハル様、お怒りはもっともですがその辺で。結果論ではありますが、萱獅子刀(かんじしとう)の在処がわかったんです。今日の目的は達成できています」
 
 鈴心(すずね)も見かねたのだろう、二人の間に立って場を収めようとするが、永の怒りはなかなか解けなかった。
 
「まあ、そうだけど。まだ明らかにすべきではなかったことが一気に出てしまった。今、僕らが生きているのは奇跡だって言っていい」
 
 それは、確かにそうだ。蕾生にはあの時──本当の意味での呪いの運命を聞かされた時、の記憶が曖昧だったけれど、体中が何かに騒ついていた感覚だけは覚えている。
 自分が自分でなくなるような恐ろしい感覚。それを永と鈴心の温もりが、星弥の純粋な言葉が取り払ってくれた。