「記憶が残らないのは、お前が一番呪いを濃く受けているからだ。己が(ぬえ)に変化するほどの強い呪いが!」
 
「──」
 
 詮充郎(せんじゅうろう)が続けた決定的な一言にも、蕾生(らいお)は反応できないでいた。
 
「黙れ、詮充郎!」
 
 その場で先に動いたのは(はるか)だった。詮充郎に掴みかからんとする勢いで向かっていったが、その側に控えていた皓矢(こうや)が軽く手を上げて制する。
 
「うああっ!」
 
 雷に打たれたように永の体は硬直した後、その手は詮充郎まで届かずその場で倒れる。
 
「永!?」
 
 そうしてようやく意識を戻した蕾生は傷つけられた永を見ながらも、そこから動けずに混乱していく。
 
「やめて、兄さん!」
 
 金切り声で叫ぶ星弥(せいや)の声に、皓矢は顔をしかめながらもきっぱりと言った。
 
「すまない……だけどお祖父様に触れることは許さない」
 
 兄妹のやり取りの隙をついて、鈴心(すずね)が永に駆け寄った。
 
「ハル様! しっかり、息を大きく吸ってください」
 
「だい、じょぶ、大丈夫だ、リン……」
 
 己の体に浴びた衝撃に息を荒げて、永はその小さな体を縋るように抱きしめた。


 
 ああ、もう。こうなっては全てが終わってしまう。
 けれどまだ。


 
 永は絶望しかける自分を奮い立たせて目を開けた。
 目の前では蕾生が焦点の定まらない瞳で立っている。
 
「なん、て──?」
 
「ライ!」
 
 永はぐっと床を踏み締めて立ち上がり、蕾生に駆け寄った。鈴心もそれに続く。
 
「は、るか……? あいつ、なんて言った?」
 
「ライくん、大丈夫だ、気をしっかり持つんだ」
 
 混乱する蕾生に永は努めて優しく語りかける。その瞳に永が映っているのに、蕾生には見えていないかのような狼狽だった。
 
「ライ、落ち着いてください、ね?」
 
 鈴心もその手を握り、さすりながら子どもをあやすように言う。
 だが、詮充郎は更に止めを刺すように事実を言い放った。
 
「お前達三人は何度も生まれ変わり、その度に鵺と化したお前に殺される──そういう呪いを受けたのだよ」
 
「──!!」
 
 はっきりと提示された残酷過ぎる運命に、蕾生の体は強張った。
 
 その体を守るように、永も鈴心も必死で抱きしめる。
 一瞬、部屋全体が静まりかえった。


 
 緊張を高めた皓矢は右手で構えてから、低い声で言う。
 
「星弥、こちらへ」
 
「え?」
 
 お互いを固く抱きしめ合う三人の側で、星弥が皓矢に視線を移す。それと同時に詮充郎が蕾生に向けて静かな口調で付け足した。
 
「古い文献に残っているぞ。お前が鵺になる運命を知った途端に変化して、その場の人間を皆殺しにしたことがな」
 
「──!!」
 
 それを聞いて、星弥は思わず一歩後ずさる。
 
「星弥! こっちに来なさい!」
 
「でも……」
 
 星弥にはそれは現実味がないように思えた。
 目の前の三人はお互いを思い合って必死に抗っている。理不尽な運命を負わされても肩を寄せ合って耐えている。
 
「ライ……」
 
「ライッ!」
 
 蕾生に呼びかける永と鈴心の姿はとても健気で、蕾生を心から愛しているのだと思えた。
 そんな二人の心を、星弥の知る蕾生なら裏切るようなことは、しない。
 
「星弥!!」
 
 焦って声を荒らげる皓矢を無視した星弥は、蕾生を見つめて呟いた。

 
 
「唯くんは、強いから、大丈夫……だよね?」

 
 
「──!」
 
 糸が張り詰めたような緊張から少しの静寂の後、蕾生の瞳に緩やかに光が戻っていく。
 
「は、るか。鈴心……」
 
 たどたどしい、その声には体温が通っていた。
 
「ライくん?」
 
「ライ……?」
 
 永も鈴心も、抱きついたままその顔を見上げる。そこにはいつもの蕾生があった。
 
「大丈夫、俺は、大丈夫だ。何ともない」
 
 しっかりとした言葉に、永も鈴心も安心して抱きしめていた手を緩めた。
 
「良かった……」
 
 永が漏らした言葉に微笑んだ後、蕾生は少し後ろの星弥に目を向ける。すると星弥はにっこり笑って頷いた。
 蕾生も頷き返すが、少し照れ臭かった。何しろ、永と鈴心が泣きそうな顔で自分に縋っている様を見せたのだから。