(ただ)蕾生(らいお)──いや、ケモノの王よ」
 
「……は?」
 
 詮充郎(せんじゅうろう)の意識は(はるか)にはとうになく、その鈍く光る目で蕾生を見据え奇妙な単語で呼びかけた。
 
「何故、お前だけ転生しても記憶を保持できないのかは知っているか?」
 
 永達を子ども扱いしている上に、その子ども相手に主導権を握り自慢げに知識をひけらかそうとするその態度は、永を更に怒らせるには充分だった。
 しかもその話題はこの場に爆弾を投下するほどの危険を孕んでおり、永は焦った。
 
「余計なこと言うな!」
 
 声が、震える。
 怒りと恐怖で永の頭は働かない。すぐにでもこの老人の口を塞ぐ必要があるのに、体も動かなかった。
 
 その永の様子を見下すように冷たい視線を投げつけ、詮充郎は溜息混じりに言う。
 
「随分と慎重なことだ。まあ、それも仕方のないことだが」
 
「どういうことだ?」
 
 黙ってしまった永の代わりに蕾生が問うと、詮充郎はまたニヤリと笑って、机の上にあるボタンのようなものの一つを押した。
 
「よいものを見せてやろう」
 
 その言葉と同時に、部屋の壁の一部が機械音を立てて剥がれていく。シャッターが上がるように、中から水槽のようなガラスが見え始めた。
 最初は部屋の明かりが反射されて何があるのか分からなかったが、壁の一部が上がり切る頃にはその禍々しい物体が一同の前に姿を現した。
 
「な──」
 
 それを見た永は言葉を失う。鈴心(すずね)は目を見開いて少し震えていた。
 星弥(せいや)もそれを見て悲鳴を上げる。
 
「ひっ!」
 
 頭は猿、胴体は猪、尾は蛇、手足は虎。
 ガラスの奥に、そう形容できる黒ずんだ物体が二つ。
 虚ろな瞳を携えて、あらぬ方向を向きながら空しさを語るようにそこに存在している。
 
「……」
 
 蕾生にとってそれらは初めて見るものであるけれど、どこか懐かしいような不思議な感覚があった。
 自分の体にそれらと同じものがあるような気がして目が離せない。
 
「この、悪趣味ジジイ……」
 
 永の悪態には目もくれず、詮充郎は得意げに朗々とした声で語る。
 
「この遺骸が、我々が(ぬえ)と呼ぶものだ。よく見たまえ、僅かだが個体差があるだろう、そこが素晴らしい」
 
 右の鵺には頭部に前髪のような毛が多く生えており、左の鵺には胸部に多く毛が生えている。だが、どちらの遺骸も経年劣化により朽ちかけているので、あまり判別はつかなかった。
 
「ライ、もう見るな!」
 
 永が狂ったように叫ぶ。蕾生にはその声が遠く聞こえた。
 
 その様子を楽しげに眺め、興が乗った詮充郎は高らかに言い放った。
 
「何故? よく見るといい、かつての自分の姿を!」
 
 その宣言に永も鈴心も、やられたと言わんばかりの顔で立ち尽くした。
 星弥はあまりの衝撃に、口元を手で押さえながら震えだす。
 
 そして蕾生は。
 
「──は?」
 
 その言葉の意味を理解した頭と理解したくない心が乖離して、時が止まったような錯覚に陥った。