(はるか)が大きな方のソファの中央に座ったので、蕾生(らいお)鈴心(すずね)はその左右に腰を降ろした。星弥(せいや)は一人がけの小さいソファに座る。皓矢(こうや)はそれを見届けた後、詮充郎(せんじゅうろう)の机まで行き、その傍らに立った。
 
「その前にお祖父様にお願いがあります」
 
 突然星弥が手を挙げて、毅然とした態度で話し始めた。
 
「ふむ?」
 
「お話が終わったら、今日は彼らを無事に家に帰してください。わたしはお友達に嘘をついてお祖父様の所に連れてきました。だから彼らの安全は保証してください」
 
 その言葉に永が目を丸くしていると、詮充郎は満足そうに頷き、椅子に深く腰掛け直して言った。
 
「いいだろう。そもそも今日の会談はお前が設定したようなものだからな」
 
「ありがとうございます」
 
 明らかにほっとした表情を見せて、星弥も深く座り直した。
 
「では、前置きは省いて言う。周防(すおう)(はるか)(ただ)蕾生(らいお)──特に唯、君のデータが欲しい」
 
「データ?」
 
 蕾生が聞き返すと詮充郎は掠れた、けれど何故か頭によく通る声で話す。
 
「そう。身長体重諸々の測定、血液サンプル、それからDNA採取、CTスキャンやMRIも撮影させてもらおう」
 
「ジジイ、耄碌(もうろく)したのか? おれが許すとでも思ったか?」
 
 永としては予想通りの要求だった。だがあまりに当然の義務のように語る詮充郎の不遜な態度に、自然と口調が変わる。
 
「まあ、お前はそう言うだろう。ならば、せめて血液だけでも置いていきなさい」
 
「嫌に決まってんだろ!」
 
 永が語調を強めると、詮充郎は首を傾げながら暗く笑う。
 
「それも嫌なのか? 我儘を言うもんじゃない──五体満足で帰りたければね」
 
「お祖父様!?」
 
 その恐ろしい言葉に星弥は動揺した。だが、詮充郎は子どもに言い聞かせるようにゆっくりと語りかける。
 
「落ち着きなさい、星弥。まだ交渉中だ。唯蕾生よ、周防はこう言っているが君はどうかね?」
 
 話題を振られた蕾生は、ここまででも充分に永の嫌悪感と星弥の恐怖心を感じ取っていた。その元凶である目の前の老人には怒りが湧きつつある。
 
「あんたの高圧的な態度は気に入らないし、あんたの頼みを聞いてやる義理はねえ」
 
 蕾生が答えると、詮充郎はそれを反芻するように少し考えた後、黙ったままの鈴心に視線をやる。
 
「義理、か。鈴心をこれまで保護してやったことはそれに当たらないか?」
 
「保護? そんな話は鈴心から聞いてないな」
 
 蕾生の発言にも鈴心はただ俯いて黙っている。
 
「……」
 
 それを怒りと汲み取った永が声を荒げて言った。
 
「詮充郎、お前が前回どんな手を使ったかは知らないが、リンをおれから掠め取ったくせに白々しいんだよ!」
 
「──なるほど、そうとられているのか。私は助けたつもりだったのだがね」
 
「ぬかせ!」

 永はさらに怒気を孕んだ声で、詮充郎を睨みつけた。