皓矢(こうや)の後についていくつもの部屋を通り過ぎながら長い廊下を歩いていると、次第に寒くなってきた。
 
「兄さん、冷房が効きすぎてない?」
 
 星弥(せいや)が少し身震いしながら言うと、皓矢はほんの少し柔らかい声音で答える。
 
「奥の部屋は本当は資料の保管庫なんだ。だから空調管理がしてあってね。あ、寒ければ僕の上着を──」
 
「い、いいよ! 恥ずかしいから!」
 
 白衣を脱ぎかける皓矢を慌てて制して、星弥は手をぶんぶんと振った。その様子に皓矢は苦笑しつつ、突き当たりの扉の前で止まる。
 
「さあ、着いた。お祖父様、皓矢です。皆を連れてきました」
 
 ノックとともにそう言うと、中からしわがれた低い声が聞こえてくる。
 
「入りなさい」
 
「──失礼します」

 
  
 重たい鉄の扉を開けて皓矢は四人を部屋に招き入れた。白い床、白い壁の広々とした空間が蕾生達の目の前に飛び込んでくる。その中央には簡素な緑色の絨毯が敷かれ、低いテーブルとソファで構成された応接セットが置かれていた。
 確かあの女性は簡単な椅子とテーブルと言っていなかったか、と蕾生(らいお)は違和感を持った。目の前にあるものは、どう考えても細身の女性が設置できる代物ではない。
 
「ようこそ」
 
 厳かな声に、そんな蕾生の思考はかき消された。応接セットの更に奥、やや離れた場所に古めかしい木製の机、そこで椅子にゆったりと腰掛けている老人が存在感を放っていた。
 
銀騎(しらき)詮充郎(せんじゅうろう)……」
 
 蕾生が気圧されて思わず呟くと、詮充郎は皺だらけの顔にもう一つ皺を作って微笑んだ。
 
「何年ぶりかね?」
 
「さあ、忘れました」
 
 何も言えずにいる蕾生の代わりに永がしれっと答えた。
 
「──ふ。相変わらず非協力的な態度だ、ええと、今は周防(すおう)と名乗っているのか」
 
「すいませんねえ、コロコロと名前が変わって。そっちも相変わらずクソジジイですねえ、いや年老いてさらにクソが増しましたか?」
 
 永の虚勢にも見える憎まれ口には目もくれず、詮充郎は蕾生を舐め回すように眺めてまた微笑んだ。
 
「ふむ、相棒は今回も丈夫そうだな」
 
「ライを値踏みすんじゃねえ、殺すぞ」
 
 蕾生も初めて見るようなガラの悪い顔と口で永が凄む。だが詮充郎はそれも余裕で聞き流して声を立てて笑った。
 
「はっはっは! そう熱くなるな。昔言ったろう? 氷のように冷静であれ、と」
 
 ニヤリと口端を上げた様がその老獪さを物語っている。
 
「ああ、そうでしたかねえ。ま、とりあえずそちらの話を聞きましょう?」
 
 子どもに言い聞かせるような詮充郎の物言いを、今度は軽くいなして永はドカッと音を立ててソファに座った。
 
「では、そうしよう。皆もかけなさい」

 銀騎詮充郎はあくまで余裕の態度を崩さずに、悠然とそう言った。