「ヒュー!」
 
 (はるか)は口笛を鳴らして蕾生(らいお)の健闘を讃えた。
 鈴心(すずね)も息を吐いて緊張を解く。
 
「す、すご……こんなにもだったなんて」
 
 星弥(せいや)は目の前で起こったことに頭がついていかずにその場で座り込んでしまった。
 
「なんだ、こいつ」
 
 息ひとつ乱さずに蕾生はそれを眺めていた。
 
「どれどれ」
 
「ハル様! 危険です!」
 
 倒れ込んだ生物に近づこうとする永に鈴心が喚くが、永もすでに落ち着いていた。
 
「あー、だいじょぶだいじょぶ、完全に沈黙してる」
 
「ライオンか……?」
 
「頭はそれっぽいけど……体に斑点があるね、ヒョウかな? するとこいつはレオポン?」
 
 屈んでその生物をしげしげと見た後、首を傾げながら永が言った。聞き慣れない言葉に蕾生も疑問を口にする。
 
「なんだよ、それ」
 
「昔、ライオンとヒョウを掛け合わせた動物が見せ物にされてたんだよ。今ではもちろん禁止されてる」
 
「動物実験までやってるってことか……」
 
 蕾生の言葉を訂正しながら永は生物の下半身を指差した。
 
「動物、ではないね。石から出てきたし。こいつの尻尾見てよ」
 
「──蛇?」
 
 蕾生が覗き込むと尻尾があるはずの場所には違うものが生えている。尻から出ているそれは鱗状の細長い胴で、尻尾の房であるはずの部分は蛇の頭だった。
 
「これじゃあ、まるで(ぬえ)の出来損ないだ」
 
 頭は猿、胴体は猪、尾は蛇、手足は虎──という鵺の姿に、この生物は酷似している。
 
「これが……?」
 
 初めて見る鵺のようなものに、蕾生は少しの間目を奪われた。鈴心もそれを聞いて一歩足を前に進めて、その姿をよく見ようと目を凝らしている。
 
「まさか、銀騎(しらき)研究所は鵺を造ってる……?」
 
 永の言葉に、蕾生も鈴心も言葉を失った。星弥は一人取り残され呆然としている。その背後から黒い影が蠢いた。
 
「銀騎!!」
 
「え?」
 
 蕾生が気づいて、星弥が振り返るとその目の前にまた別の生物──今度は黒い犬のようなものが牙を剥いていた。
 
「星弥ァ!!」
 
 鈴心が振り返った時にはその黒い犬は星弥に飛びかかっていた。鈴心の絶望を孕んだ声がこだまする。


 
 そこに一陣の青い風が吹き抜けた。
 
「──ルリカ」
 
 涼しげな声とともに、青く大きな鳥が黒い犬を、その牙が星弥を捕える前に押さえつけた。
 力で圧倒する青い鳥は黒い犬の眉間に嘴を刺す。すると黒い犬の体は霧のように散り跡形もなく消えた。