「──おい、鈴心(すずね)
 
 その沈黙を破ったのは蕾生(らいお)だった。怒気のはらんだ声で鈴心を睨む。
 
「今の状況が緊急事態だったとしても、お前は銀騎(しらき)に甘え過ぎだ」
 
「──」
 
 鈴心は蕾生の方を向いたけれども、自分の心の核心を突かれ顔を上げることができない。構わずに蕾生は続けた。
 
「お前のいる環境は、俺達には想像もつかない過酷なもんなんだろうけど、何も知らない銀騎に当たってんじゃねえ」
 
「……」
 
「これは、俺達三人の問題だ。お前が勝手に抱え込むのを(はるか)が許したか? 俺とお前は永の手足だ、余計なこと考えるのは頭に任せとけ」
 
 蕾生の言葉に一瞬だけ雷郷(らいごう)が重なった気がした。永が思わず口を挟む。
 
「ライくん、もしかして何か思い出した?」
 
「いや、なんかそんな気がした」
 
「──ハハッ、さすがライくん。昔からリンに意見ができるのは対等な君だけだったよ」
 
 永は満足そうに笑った後、鈴心の方を向き優しく話しかける。
 
「リン」
 
「はい……」
 
「まずは銀騎さんに謝ろうか?」
 
 永にそう言われると、鈴心は年相応の純真な表情を初めて見せる。そうして星弥(せいや)に近づいて辿々しく話しかけた。
 
「星弥……ずっと黙っていて、すみませんでした」
 
 鈴心が軽く頭を下げるも、星弥はまだ俯いて黙っている。
 
「星弥? まだ怒ってますか?」
 
「うふふふ!」
 
 突如笑い出した彼女の態度に、永も蕾生も後ずさる程驚いた。
 
「すずちゃんは、つまり、わたしに甘えてたんだね?」
 
「え、いや、まあ、その……」
 
 少し屈んで上目遣いで言った後、戸惑っている鈴心に詰め寄って星弥は更に続ける。確認をとるように。
 
「すずちゃんは、わたしだから甘えられるんだよね?」
 
「そうだと思うぞ」
 
「──ライ!!」
 
 蕾生の言葉を鈴心は慌てて制したが、顔は朱に染まっていた。それを見た途端、星弥は物凄い勢いで鈴心に抱きついた。
 
「やーん、すずちゃんたらあ! もっと甘えていいんだよおお!」
 
 思いっきり抱きしめて、更にウリウリする星弥にされるがままの鈴心は今にも窒息しそうだった。それでも一切抵抗しない様は、二人の間に姉妹愛のようなものを感じられて、些か変態的ではあるが微笑ましくもある。

 
  
 ──銀騎(しらき)星弥(せいや)、本当に読めない女だ。と永は考える。
 
 本心はさておいて、自分がこの様に振る舞わないとこの場は収束しないことがわかって動いている。鈴心に向ける感情が異常であればあるほど、彼女の本質を見失う。きっとそれすらも承知の上で行動しているのだろう、というのは考え過ぎだろうか。
 
 おそらく彼女は自分も含めて、あらゆる事態を俯瞰しているのだろう。あらゆる場面場面で、そこまで自分の感情を一切排除できる人間はそういない。もしかしたら、一番敵に回してはいけないのは彼女かもしれない。ならば、是が非でも味方でいてもらわなければならない。


 
「せ、星弥、苦しい、です」
 
「わっ、ごめんね」
 
 鈴心の訴えにようやく腕を緩めた星弥は改めて鈴心に向き直る。
 
「すずちゃんが兄さんのことも疑ってるのはちょっと寂しいけど、わたしは兄さんのことは信じてる。お祖父様の言いなりだとしても、少しでもすずちゃんに良い様にしてくれる──すずちゃんに酷いことはしないって」
 
「私もそう信じたい、です」
 
「うん!」
 
 満足気に笑う星弥に、ほっとした安堵の表情を向ける鈴心。二人の間にまた温かい雰囲気が戻った。