「…………」
 
 (はるか)蕾生(らいお)は目の前の光景に一瞬だが言葉を失った。

 碁盤の目のように形成された歩道、それに沿って理路整然と建てられている研究棟の数々。
 二人がそれまでに街で見てきた企業ビルや国の研修施設などとはまるで違う。ここには一切の無駄も遊びもなかった。

 通常ならメインストリートには庭木や芝生を植えていそうなものだが、ここはすべてコンクリートの道路と石畳の歩道だけ。建物も皆一様に白く四角い。白い線と白い箱を並べた模型のような佇まいだった。
 
 異世界に迷い込んだような感覚に、蕾生はもう一度身震いする。
 永の方を見ると、携帯電話の画面とこの景色を見比べていた。地図を見ているのだろう、その仕草は既にいつも通りスマートに行っており、やはり自分の感じている違和感を言うことは憚られた。

 きっとこの日を楽しみにしていたはずの永に、気味が悪いから帰ろうなんてことは言えなかった。
 
「あっちのちょっと大きい建物で、最初の説明と講演会があるって」
 
 数メートル先の少しだけ背の高い白い建物を指して歩みを進める永に、蕾生は黙ってついていった。




 総合棟、と書かれた看板がある建物の前に着くと、入口に何人かの男女が入っていく。ようやく人の気配を少し感じて、蕾生はほっとした。
 永とともに中に入ると、小さなエントランスに小さく粗末な机が置いてあり、白衣をまとった女性が二人を見て話しかけてきた。
 
「こんにちは、見学の方ですね?」
 
 小さな顔に大きな丸眼鏡で長い髪を後ろでひとつにまとめた、いかにも研究者風のその女性は、永と蕾生の首元のネームカードと手元のバインダーを見比べて言った。
 
周防(すおう)(はるか)さんと(ただ)蕾生(らいお)さんですね。良かったわ、もう時間なのになかなかいらっしゃらないから心配しました」
 
「あ、スミマセン。ちょっと寝坊しちゃって。彼が」
 
 永はにこやかに答えながら、肘で蕾生の胸をつついた。
 
「……っス」
 
 特に悪びれずに蕾生は軽く会釈だけした。

 職員であろうその女性は軽く微笑んで二人にパンフレットを渡した。
 
「もう皆さんお揃いですから始めますよ。空いてる席に座ってね」
 
「ハーイ」
 
 永の良い子のお返事に笑顔を絶やさない女性の口元には真っ赤な口紅がひかれており、そこだけが紅く光る月のように際立って見えた。

 
  
 映画館にあるような重い扉を開くと、小さなコンサートホールが目の前に現れた。ちらほらと人が座っており、微かに話し声も聞こえる。
 
 二人は真ん中より少し後ろの列の通路側の席についた。座った途端、永が蕾生に話しかける。
 
「ネネネ、さっきの女の人いくつぐらいかな?」
 
「知らねえけど、二十七、八くらいだろ」
 
 どうでも良かったので、蕾生はパンフレットに目を落としながら答える。
 
「だよねえ、それくらいに見える、ネ」
 
 永にしても興味なんかないだろうに、何故そんな話題を振るのか蕾生は少し苛ついた。しかし、急に照明が落とされたのでそんな感情はすぐに忘れてしまった。