「この話を二人にしようかどうしようか、ずっと悩んでて……」
 
 ただ事ではない星弥(せいや)の様子に、(はるか)蕾生(らいお)も身構えて真剣に聞き入る。
 
「すずちゃんが辛そうだから、やっぱり教える方がいいかもしれない……」
 
 確実に良い話ではないことは蕾生にもわかる。永なら尚更で、途端に頬を強張らせ、星弥を少し睨みつけながら続きを促した。

「……何?」
 
「すずちゃんがここにいる本当の理由。すずちゃんは、定期的にお祖父様の所に行って健康診断を受けてるの」
 
「──」
 
 硬直した表情のまま、永の眉だけがピクリと動く。
 
「わたしには健康診断って言われてるけど、本当は何をされてるのかわからないの。だって帰ってくるとすずちゃんは顔が真っ青でとても疲れてて」
 
 ──人体実験。
 先ほど永が戯けて言った言葉を蕾生は思い出したが、即座に否定する。
 まさか、そこまで。自分も毒されてるな、と心の中で自嘲する。
 
「すずちゃんに聞いても、ただの定期検診だって。母親と同じ病気が出ないか経過観察してるって言うんだけど、とても信じられなくて。けど、わたしはそれ以上聞けなくて……お祖父様はわたしには会ってくれないし」
 
「それはいつから?」
 
 永は感情のない声で聞いた。努めてそうしているようだった。
 
「確か、すずちゃんが六歳くらい。お祖父様がうちに連れてきたの」
 
「頻度は?」
 
「最初は毎日だったと思う。妹ができたみたいで嬉しくて、毎日すずちゃんを探してたから。その度に、お祖父様のところよって言われたの」
 
「毎日健康診断? そんな訳ねえだろ」
 
 さすがに蕾生も口を挟んだ。それに頷いて星弥は続ける。
 
「そうだよね、あの時はわたしもこどもだったからよくわからなかったけど、思い返して見ると変だよね」
 
「──それで?」
 
 永の表情は凍りついていた。それに気圧されて星弥の言葉がたどたどしくなる。
 
「ええとね、しばらくして兄さんが言ったの。すずちゃんは病弱で学校に通えないから、自分が勉強を教えるんだって。わたしには遊び相手になってあげなさいって」
 
「あいつ、学校行ってないのか?」
 
 蕾生の問いに、星弥は神妙な面持ちで頷く。
 
「うん。中学校も行ってないよ」
 
鈴心(すずね)はずっとこの研究所から出ていない?」
 
 聞いたこともない低い声がした。それが永から発声されたものだと蕾生はすぐには気づけなかった。
 
「そう。お祖父様が許してないの」
 
「異常だろ、それ……」
 
 銀騎(しらき)詮充郎(せんじゅうろう)の暗く恐ろしい顔を思い出して、蕾生は身震いをひとつする。それとともに嫌な汗が額に滲んでいるのがわかった。