「えー、以上が研究棟の中では主なものであります」
 
 事務的な言葉で案内係の男性が締めくくると、一団の中には微かに溜息を漏らす人もいた。そりゃそうだ、と蕾生(らいお)は思う。
 副所長の講話から受ける壮大な印象のまま散策が始まったが、結果は期待外れのものだった。

 分野ごとに分かれている研究棟を三棟ほど回ったが、どこもエントランスから先は通してもらえず、蕾生ですら期待していたバイオテクノロジー研究の植物だったり、複雑な名前の薬品を使った実験だったり、新生物研究のヒントだったり等の一般人でも心躍るような光景には全く出会えなかった。

 パンフレットに沿ってただ研究所内をウロウロしただけで、せめて庭木や花でも植えてあれば季節柄目にも楽しいのだろうが、それすらも見かけることは叶わなかった。
 
 全体ががっかりした面持ちでいると、いたたまれなくなったのか案内係の男性は少し明るい声で皆に話しかける。
 
「では、最後に私共の食堂で昼食を召し上がっていただきます。今日は職員の中で一番人気の高いメニューをご用意させていただきました。サラダバーには当研究所が監修しましたドレッシングの全種類をご用意しておりますので、ぜひお楽しみください」
 
「サラダかあ……」
 
 少し盛り上がった周囲とは逆に蕾生が肩を落とす。それを見た(はるか)は嗜めるような口調で言った。
 
「もう、ライくんもたまには野菜を食べないと。普段、肉と米ばっかりなんだから」
 
「家では食ってるよ。外食で野菜食べる意味がわからん」
 
「そんなんだからこーんなにでかくなるんだ?うらやましいわー」
 
 ふざけて言う永の様子は普段通りだった。
 講演会が終わって研究所の散策中も特に変わったことはなく、あの変な違和感も蕾生の中では薄れていった。

 後は飯を食って帰るだけだ、とほっとする。こんな所はさっさと出て、いつもの日常に戻りたい。そう強く願っていた。