蕾生(らいお)の目の前のあるもには、鉢植えと一言で言っても、それは一メートル程の幅で、植木の大きさを合わせると六十キロ以上はありそうだ。普通の人間には引きずるのも難しいだろう。
 だが、蕾生はこれを軽々と持ち上げることができる。この力は家族以外では(はるか)しか知らない。
 
「ちょっと動かしてよ」
 
「マジで言ってんの?」
 
 それは蕾生にとっては忌々しい秘密だ。幼少の時からこの並外れた怪力のせいで散々な目にあってきた。永だってその現場にはいくつかいたはずだ。
 本当に隠しておきたい力で、永もそれはわかっているはずだし、今までに一度たりとも永は蕾生の力を頼ったことはない。ずっと隠し通す努力を一緒にしてきたのに。
 
 それを。
 今、ここで。
 やれと言うのか。
 
「──お願いだ、ライ」
 
 それまでに見たこともない真剣な表情だった。
 
 見たことがない? いや、ある。
 
 記憶にはないのに、この眼差しに出会ったことがある。
 
「わかった」

 蕾生は頷いた。元より永からの頼みを断ることなどあり得ない。
 そうすればずっと拭えなかった違和感の正体がわかるだろう。永が初めて見せた表情の意味も。
 
 もうあの日常には戻れないかもしれない、そんな不安はあった。
 けれど永がそこに行くと言うのなら、自分は従うだけだ。それが蕾生には自然な感情だった。

 
  
 教室の机を持ち上げるような感覚で、蕾生は自分の背丈くらいの植木をプランターごと持ち上げた。人が通れるくらいの隙間を作って、静かに地面に置く。
 
「ありがとう」
 
 小さくそう言って、永は駆け出した。真っ直ぐに広場の中心、ガラス張りの建物を目指す。
 
「永!」
 
 蕾生も後を追って走った。不思議な気配をその建物から感じていた。何か、懐かしいものがそこにあるような。




 
 その温室の入口に着くと、永はためらいもせずにそのドアノブに手をかけた。
 鍵はかかっていなかった。滑らかに扉が開く。蕾生もまた、永に続いて温室の中に入った。

 中は沢山の植物であふれていた。どこを見ても、緑、緑、緑。多くの木々や植物が太陽の光を受けて青々と輝いている、生命にあふれた空間だった。
 
 二人は少しずつ中へ進む。中央に大きな木が植えられていて、その下で一人の少女が小さなテーブルと椅子に腰掛けて、本を開きながら目を見開いてこちらを見ていた。
 肩ほどまで伸びた黒い髪はつややかに光の輪を描き、とても簡素な白いワンピースを着ていた。